ついに来たか,という資料

2月〜3月は行政の委員会が多いんだが,今日出た会議の資料がなかなか印象的であった.

LRTやBRTの海外事例を紹介したものだった.この手の紹介資料は欧州の事例が多いんだが,今日のは…中国.

ついにキターーーーーーーーー.

新幹線などの都市間交通では,「新幹線は世界一」などとほくそ笑んでるのは日本人だけで,もう何年も前からドイツやフランスなどに比べて遅れていると専門家の間では言われていた.

LRTやBRT,あるいは歩行者交通関係についても,欧州に対しては30年以上遅れていると言われていた.

そしてついに,キターーーーーーーーー.

中国の都市交通を参考にしなければならない時代が…キターーーーーーーーー.

日本の行政各方面や政治家の皆さんが,もっともらしい「合理的なできない理由」を何十年も述べ続けている間に,ついに,キターーーーーーーーー.

もう,都市間交通も都市内交通も,アジアの中でも後進国ニッポン.

#確か,台湾にも遅れてたかなぁ.

 

中国で鉄道建設ラッシュ「八縦八横」へ

 中国が大規模な鉄道建設ラッシュに沸いている。昨年11月末には日本円で4兆円を上回る投資金額となる北京周辺での鉄道計画が承認されるなど、鉄道建設が急ピッチで進められている。2016年夏には新たな鉄道網計画が示され、高速鉄道を中心に鉄道網整備を進める方針が打ち出された。中国当局は「鉄道は国民経済の大動脈」と鼻息が荒いが、構造改革にともなう景気悪化の影響を鉄道投資でカバーする狙いもあるとみられる。

情報源: 【中国観察】中国で鉄道建設ラッシュ 進む鉄道網整備、景気悪化カバーの思惑も 「四縦四横」から「八縦八横」へ(1/4ページ) – 産経ニュース

こっちは,資金を市中に供給するだけで無く,実需をつくり出している模様.

ただし,建設時の直接効果だけで,開業後の効果までは考えているのかどうか,ちとあやしい感じはするが…

一方,鉄道先進国のはずが,毎年の国費が780ppmだけ,毎年の建設費がGDPの0.04%,つまり400ppmの国があるとさ.

1931年の旅人(トキオ1655着)

1931年の旅人の長い旅は終わろうとしているが,旅程の最後の部分がナゾである.この部分を当時の日本の時刻表で解き明かすと次のようになる.資料はこれだ.

IMG_6475

鐵道省編纂汽車時間表(日本旅行協会)昭和5年(1930年)10月号.1931年ではないが,大きくは違わないはず.

まずは,哈爾浜から長春まで.寝台車食堂車つきの5列車というのがあり,哈爾浜を18日目の09時15分発で1931年の旅人の持っていた時刻表の表記と同じである.長春15時43分着.

IMG_6476

続いて,長春16時20分発の急行14列車(右側の急行)が見つかった.*印が付いているので5列車とは乗換になっている.奉天22時25分着.

IMG_6478

さらに,奉天22時50分発の釜山行き2列車(右端)が見つかった.この時代にはまだ「ひかり」の名称は付いていないようだ.安東という満州と朝鮮の国境の駅に翌19日目の07時00分着.

IMG_6479

そのまま安東を08時50分に出発して,途中,平壌が14時18分着,京城(ソウル)が20時50分着である.(ここから先,太字は午後)

IMG_6481

さらに,京城を21時05分に出て,終着駅の釜山には20日目の08時30分に着く.ここまで1931年の旅人の持っていた時刻表の時刻と完全一致である.

IMG_6485

その後,上の時刻表の最下段に釜山-下関間の連絡船の時刻も載っており,釜山10時30分発,下関18時30分着となっている.ついに本州着.

そして旅人が最後に乗った列車はこれだ.

IMG_6486

中央の下関 20時30分発,特別急行「富士」,東京は21日目の16時55分.着いた!

この1931年の旅人の特徴は…

  • 鉄道好き…当時は日本郵船の欧州航路があった
  • お金持ち…わざわざ一等車しかない列車を選んでいる
  • 出入国自在…シェンゲン条約すら無い時代なのにいろんな国に出入りできる
  • たぶん日本人

…ということで,1931年当時なら外交官あたりか?.なお,この1931年のトーマスクックの時刻表を手に入れたのは,山形県下の(山形市ではない)古書店である.東京に着いた後は山形に向かったかもしれないが,もはやそれを知るすべはない

最後に全行程を整理して,ミステリーツアーを終わろう.

【1日目】London (Victria) 1100 – Paris (Nord) 1810 (ドーバー海峡連絡船)
【2日目】Paris (Lyon) 1100 – Geneve 2115 (PLM線経由,国境検問あり)
【3日目】Geneve 1022 – Milano 1802 (シンプロントンネル経由)
…<乗換>…Milano 1950 – (車中泊)
【4日目】(車中泊) – Rome (Termini) 0815
…<乗換>…Rome (Termini) 0905 – Napoli 1315(日帰りナポリ往復)
…<乗換>…Napoli 1833 – Rome (Termini) 2315
【5日目】Rome 0010 – Venice 1250…<乗換>…Venice 1540 – (車中泊)
【6日目】(車中泊) – Wien (South) 0731(世界遺産センメリング鉄道経由)
…<乗換>…Wien (Nord) 1010 – Berlin (Friedrichstraße) 2247 (なぜかポーランド経由)
【7日目】Berlin (Friedrichstraße) 0843 – Warsaw 1835
【8日目】Warsaw 0710 – (車中泊)(国境で標準軌→広軌の台車交換?)
【9日目】(車中泊)- Moscow (Smolenski) 1025
…<乗換>…Moscow (Severnii) 1755 -(車中泊)(シベリア鉄道)
【10日目】-(車中泊)-(キーロフ付近)
【11日目】-(車中泊)-(エカテリングブルグ付近)
【12日目】-(車中泊)-(オムスク付近)
【13日目】-(車中泊)-(クラスノヤルスク付近)
【14日目】-(車中泊)-(イルクーツク付近)
【15日目】-(車中泊)-(満州方面に分岐)
【16日目】-(車中泊)-(台車交換と国境検問)
【17日目】-(車中泊)- 哈爾浜 0835(満州国国有鉄道浜洲線)
【18日目】哈爾浜 0915 – 長春 1543(5レ)
…<乗換>…長春 1620 – 奉天 2225(急行14レ奉天行)
…<乗換>…奉天 2250 – (車中泊)(急行2レ釜山行)
【19日目】-(車中泊)- (平壌,京城経由)
【20日目】-(車中泊)- 釜山 0830
…<乗換>…釜山 1030 – 下関 1830(関釜連絡船)
…<乗換>…下関  2030 – (車中泊)(特別急行2レ「富士」東京行)
【21日目】-(車中泊)- 東京 1655 //

そろそろ冬休みも終わっているはずなので,お仕事お勉強を再開しましょう.

1931年の旅人(ハルビン0915発)

1931年の旅人はとうとうソ連も通過して満州国まで来てしまった.もはや日々の旅程を整理するだけでも大変だ.いいなぁ,シベリア鉄道.

【1日目】London (Victria) 1100 – Paris (Nord) 1810 (ドーバー海峡連絡船)
【2日目】Paris (Lyon) 1100 – Geneve 2115 (PLM線経由,国境検問あり)
【3日目】Geneve 1022 – Milano 1802 (シンプロントンネル経由)
…<乗換>…Milano 1950 – (車中泊)
【4日目】(車中泊) – Rome (Termini) 0815
…<乗換>…Rome (Termini) 0905 – Napoli 1315(日帰りナポリ往復)
…<乗換>…Napoli 1833 – Rome (Termini) 2315
【5日目】Rome 0010 – Venice 1250…<乗換>…Venice 1540 – (車中泊)
【6日目】(車中泊) – Wien (South) 0731(世界遺産センメリング鉄道経由)
…<乗換>…Wien (Nord) 1010 – Berlin (Friedrichstraße) 2247 (なぜかポーランド経由)
【7日目】Berlin (Friedrichstraße) 0843 – Warsaw 1835
【8日目】Warsaw 0710 – (車中泊)(国境で標準軌→広軌の台車交換?)
【9日目】(車中泊)- Moscow (Smolenski) 1025
…<乗換>…Moscow (Severnii) 1755 -(車中泊)(シベリア鉄道)
【10日目】-(車中泊)-(キーロフ付近)
【11日目】-(車中泊)-(エカテリングブルグ付近)
【12日目】-(車中泊)-(オムスク付近)
【13日目】-(車中泊)-(クラスノヤルスク付近)
【14日目】-(車中泊)-(イルクーツク付近)
【15日目】-(車中泊)-(満州方面に分岐)
【16日目】-(車中泊)-(台車交換と国境検問)
【17日目】-(車中泊)- 哈爾浜 0835(満州国国有鉄道浜洲線)

次は…もうこうなったら,そりゃぁそうだよね.

IMG_6473

哈爾浜を朝9時15分に出て,途中Changchun(長春)が15時43分,22時25分にMukden(奉天),今の瀋陽に着く.哈爾浜-長春間が満州国国有鉄道京浜線,長春-奉天間は南満州鉄道連京線と言ったようだ.ご存じのように,この時代の中国北東部は満州国だった.

下の方に目をやると,その先の経路も赤印がある.最終行程はこうだ.

IMG_6474

奉天からChosen Manchuria Express (朝鮮満州急行?)という列車に乗っている.この時代の優等列車としては「大陸」「興亜」があるが,これらは1930年代後半の設定であり,1931年当時に走っていたのは「ひかり」か?

そして最終目的地は,Tokioつまり東京だ.この旅人は21日目の夕方に東京に着いたわけである.

【18日目】哈爾浜 0915 – (車中泊)
【19日目】-(車中泊)-(ひかり号で朝鮮半島南下?)
【20日目】-(車中泊)- 釜山 0830
【21日目】釜山- ??? – 東京 1655

最終日の経路は,この時期の日本の時刻表を見ればわかるはずなので,次回はその解き明かしと,全体行程の再確認をしてみよう.

1931年の旅人(モスクワ1755発)

ロンドンを出発して9日目,とうとうソ連に突入してしまっている.

【1日目】London (Victria) 1100 – Paris (Nord) 1810 (ドーバー海峡連絡船)
【2日目】Paris (Lyon) 1100 – Geneve 2115 (PLM線経由,国境検問あり)
【3日目】Geneve 1022 – Milano 1802 (シンプロントンネル経由)
…<乗換>…Milano 1950 – (車中泊)
【4日目】(車中泊) – Rome (Termini) 0815
…<乗換>…Rome (Termini) 0905 – Napoli 1315(日帰りナポリ往復)
…<乗換>…Napoli 1833 – Rome (Termini) 2315
【5日目】Rome 0010 – Venice 1250…<乗換>…Venice 1540 – (車中泊)
【6日目】(車中泊) – Wien (South) 0731(世界遺産センメリング鉄道経由)
…<乗換>…Wien (Nord) 1010 – Berlin (Friedrichstraße) 2247 (なぜかポーランド経由)
【7日目】Berlin (Friedrichstraße) 0843 – Warsaw 1835
【8日目】Warsaw 0710 – (車中泊)(国境で標準軌→広軌の台車交換?)
【9日目】(車中泊)- Moscow 1025

さすがに,もう帰るよね.次は…

IMG_6472

うぉぉぉぉ,キターーーーーーーーーーーー.シベリア鉄道!!!

ベルリンが火曜,ワルシャワが水曜,モスクワには木曜に着いてその日の17時50分に出発すると,そこから先は金曜13時13分にViatka(現在のキーロフ),土曜08時04分にSverdlovsk(現在のエカテリングブルグ),日曜03時46分にOmsk,月曜10時35分にKrasnoyarsk,火曜12時50分にIrkutsk,水曜14時39分にKarymskaya,この駅はシベリア鉄道と満州方面への鉄道との分岐地点のようだ.そして木曜02時35分にManchuriaつまり国境の満州里,ここで8時間半も停車している.国境検問と台車交換だろう.金曜08時35分にHarbinつまり哈爾浜(ハルビン)に着く.国境から哈爾浜までは満州鉄道浜洲線,満鉄だ.

所要時間は1週間と14時間45分.銀河鉄道999みたいな表記だな.カナダの大陸横断鉄道に3日3晩乗ったことがあるが,それをはるかに超えるモスクワ発シベリア鉄道経由哈爾浜行き.(今ならシベリア鉄道のボストーク号か?)

【9日目】(車中泊)- Moscow (Smolenski) 1025
…<乗換>…Moscow (Severnii) 1755 -(車中泊)(シベリア鉄道)
【10日目】-(車中泊)-(キーロフ付近)
【11日目】-(車中泊)-(エカテリングブルグ付近)
【12日目】-(車中泊)-(オムスク付近)
【13日目】-(車中泊)-(クラスノヤルスク付近)
【14日目】-(車中泊)-(イルクーツク付近)
【15日目】-(車中泊)-(満州方面に分岐)
【16日目】-(車中泊)-(台車交換と国境検問)
【17日目】-(車中泊)- 哈爾浜 0835(満州国国有鉄道浜洲線)

ユーラシア大陸を横断してしまった.ということは…?

インドネシア高速鉄道:日本のコピー

ほーらね.予想通り.言わんこっちゃない.

昔から知的財産に関する意識の薄い自治体などが,コンサルタントにプロポーザルをつくらせるだけつくらせて,実際の発注を単なる価格の安いところにしてしまって,アイデアを盗まれるというケースは良くあったが,これはその国際版だな.

こういうことを防止したいのなら,肝心な部分の手の内は見せないようにしておいて,他国のシステムでは実現できないようなプロポーザルを書いておくこと,ですね.

日本の新幹線では実現できるが,中国の高速鉄道車両では実現できないこと,それを考えて計画に盛り込んでおくこと.でないと,こういうことはまだまだ続く.

中国でできなくて,日本でできそうなことは,ハードウェアではなくて,メンテナンスのノウハウとか,人材育成あたりかな.

タイ新幹線導入で事実上合意

こういう話がある.

これは賢明な選択である.中国と受注合戦になっていたようだが,実は鉄道としての規格自体は中国の高速鉄道も日本の新幹線もあんまり違わない.

中国の新幹線の車両サイズは,中国の鉄道車両のサイズである.…で,中国の車両のサイズは昔の満州鉄道のサイズである.…で,満州鉄道のサイズに合わせて計画されていたのが戦前の日本の弾丸列車である.その弾丸列車を受け継いだのが日本の新幹線の列車サイズである.

要するに日本の新幹線のサイズ=中国の高速鉄道のサイズになっている.そんなわけで,東北新幹線電車の色を塗り替えただけに近い電車が中国には走っている.タイが日本の新幹線を選択したとしても,将来的に中国の高速鉄道に接続したくなった場合は大きさに関する障害なく接続できる.

ならば50年の歴史がある新幹線を選択しておくというのは,安全な選択である.

ただ,危惧しなければならないのは,日本の新幹線のサイズ=中国の高速鉄道のサイズなので,調査と設計だけ日本にさせておいて,そのままの図面を安価に中国に発注するということが(あまり大きな障害無く)できてしまうことである.

最後まで気を緩めてはいけない.まだ調査の合意である.