正月、実家でテレビを見ながらゴロゴロしていたのだが、見ていたテレビがお亡くなりになってしまった。だんだん映像が小さくなり、ついには横一文字になったかと思うと、プスッという音とともに切れてしまった。コンセントを抜いて、しばらく待って電源を入れ直すと、歪みながら映ったが、今度は焦げ臭いニオイがしてきたので、ご臨終と判断した。本体横の製造年を見ると、1987年なので19年ものであった。
ふと気がつくと、この家の中のものは古いものが多い。台所の棚の上の輪ゴムやマジックインキの入った神戸ゴーフルの缶には、原選手(原監督にあらず)のシ−ルがにこやかに微笑んでいるし、電話の横のペン立てに使われているカンロの缶は怪傑ライオン丸である。電子レンジももうすぐ30歳を迎える重量級のものが現役である。食品台は回らないし、火力の調整も効かない単機能レンジである。さらに、その上に載っかっている電気式の時計は、Webmasterが生まれたときには既にあったと思う。炊飯器を接続してタイマーとして機能する。
探せばまだあった。この掃除機も生まれたときには既にあったと思うが、もちろん、現役である。紙パックなどは存在せず、布製の袋が中に入っており、吸引力だけは強力である。
これらは「耐久消費財」と呼ばれている類のものであるが、みなさんは「耐久」という語に、何年くらいの長さを感じるだろうか。10年くらいではなかろうか。では、「消耗品」はどうだろうか? 企業等の物品管理台帳はどうやらそれに近い考え方をしているようである。だが、実際の生活現場では、この写真のような例は極端としても、当初想定したものよりも長く使われる例が多い気がするのは気のせいだろうか。
仕事柄、「プロジェクトライフ」という用語をよく使い、30年だとか40年だとかいう値を設定する。でも、ちょっと待てよ。新橋-横浜間の鉄道は、開業後30年で廃止になったわけではない。山陽新幹線は30年を経たので、また東海道新幹線も開業40年を経たので営業を終了しました、などという話も聞かない。良質のインフラストラクチャーは、帳簿上や計画上の寿命を超えて使われ続けるという実態がある。
実家の消耗品・耐久消費財は、さすがにそろそろ交換してもいいんじゃないかと思うが、世の中に存在する良質のインフラはまだまだ使い続けられるだろう。だが、現状の計画技術は真に良質なインフラを正しく評価できるまでには進歩していないのかもしれない。まだまだやるべきことは多いと思うのだが、研究のテーマとしては、あまり流行のネタではないなぁ。などと考えていたらコタツの中で寝てしまったが、このコタツも例に漏れず年代物である。
Webmasterがよく使う近鉄バス30号系統(近鉄瓢箪山駅←→JR住道駅前)と40号系統(近鉄瓢箪山駅←→JR四条畷駅前)であるが、このバス系統は主として国道170号を走る。このバス、かつては行楽シーズンになるとダイヤがめちゃめちゃになり、いつやってくるのかわからない路線であった。経路を阪奈道路という大阪平野と奈良盆地をつなぐ道路が横切っていたので、その渋滞の影響を受けたからである。その後、第二阪奈有料道路という阪神高速道路に接続する道路ができたので、渋滞は少なくなった。
ところが、このバス、渋滞が無くても遅れるのである。南側の始発の瓢箪山駅から最前列席に陣取って観察したことがあるが、さほど混んでるわけでもないのに、段々遅れてゆく。最終的には10分弱遅れる。乗務員が怠惰な運転をしているわけではないし、乗客が多すぎたということもない。かといって常に遅れているかというと、定時運転に近いことも多い。
国道170号は、別名大阪外環状線とも呼ばれ、京阪間の中間、淀川北岸の高槻市から南下し、枚方、寝屋川、四条畷、大東、東大阪・・・と大阪府東部の工業地帯を抜ける往復で4車線の産業道路である。Webmasterのいる大学もこの道路に接している。
で、バスであるが、この立派な道路を走っているかというと、そうではない。国道170号は実はもう1本ある。この産業道路に並行して古い道路があり、高野街道と呼ばれている。そう、霊場高野山へ通じる街道である。今や高野山へは南海電車で行くが、かつてはこの街道を歩いていったわけである。今の道路すべてが旧高野街道ではなく、改良はされているもののセンターラインが引かれ、往復2車線の道路として機能させるにはやはりちょっと狭い。この道がもう一つの国道170号であり、バイパスができると都道府県道に移管される道路が多い中、今もれっきとした国道である。
この道路、小型ではなく、フルサイズのバスが走るとなると、徐々に改良は進められてはいるものの、すれ違いが難しい箇所が何カ所もある。そのような場所ですれ違わないようにバスどうしで無線連絡をとりあい、どちらかが待っていることが多い。見通しのきく場合はヘッドライトでお互いに合図をしてその場でどちらが先に通行するのか決める場合もあるようだ。
つまり、これでは2車線道路とはいえ、実質的に鉄道の単線区間と同じような運行形態になってしまっている。鉄道の単線区間では正面衝突を避けるために対向の列車が進路を空けない限り前に進めない。このために、余分な待ち時間が必要であるとともに、一方向のダイヤが乱れると反対方向の列車ダイヤも乱れてしまい、ダイヤの乱れがなかなか収束しない。この狭い道路を通るバス路線も、似たような状況に置かれているように見える。通路を譲り合わなければならないのはバスだけではない。この道路はトラックも通る。特別な状況でなくても遅れやすい構造を抱えている。
じゃぁ、そんな狭い道路を通らなくても、新しい産業道路を通ればいいんじゃないの? 並行しているんだし。そう思われるかもしれない。私も、そうした方がいいのではないかと思うのだが、実現していないところを見ると、複雑な歴史的経緯等々のしがらみや、バス路線の利用実態の関係で、なかなかそう簡単にはいきそうにない事情があるようにも思われる。
Webmasterは通勤で近鉄バスを使っているが、毎日使う人だけが存在を知る秘密がある。今回は出勤時の話である。
普段は10時頃着を目指して出勤するのだが、時として9時までには着かなければならないこともある。9時までに着くには、家の最寄り駅を何時の電車に乗って、四条畷駅で何分のバスに乗り換えて・・・と、一定の乗り継ぎパターンがある。この乗り継ぎパターンに乗り遅れると、公式にはどう考えても間に合わない。
ところが、である。たまに間に合ってしまうのである。バスの出発が遅れていたから・・・ではない。バスの発車時刻表には載っていないナゾのバスがたまに出発するのである。普段乗るバスは、40号系統瓢箪山(ひょうたんやま)駅前行きである。ところが今回話題の対象であるナゾのバスには41という番号と枚岡(ひらおか)車庫←→四条畷と書いてある。途中の車庫までしか行かないバスであるが、大学までは行く。実は車庫止めのバスも本数は少ないが運行されており、朝は1本だけある。しかし、そのバスではなさそうである。
かといって、このナゾのバスを当てこんで、わざと家を出るのを遅らせると、やっぱり9時に着かない。どうやら必ず運行されているわけではないようである。
ある時、そのナゾが解けた。何のことはない。臨時バスであった。聞くは一時の恥、運転手さんに教えてもらった。どうやら、渋滞でバスの運行が大幅に遅れたときに限り、臨時に車庫から四条畷駅までやってきて、また車庫に帰って行く便が運行されるようである。
今朝もこのナゾの41号を見た。時刻表の上では8時33分発のバスの次は8時50分である。37分頃には50分発の所定のバスがやってきて、停留所でスタンバイしていた。Webmasterもこの50分発のバスに乗車してスタンバイしていたが、ふと気がつくと、このナゾの41号が客を1人か2人だけ乗せて後ろから現れて先に出発してゆくではないか。乗る前にはナゾの41号はいなかったのに。おいおい、先に出るなら知らせてくれよ。素性を知っているからと言って、なかなか乗れないのが、このナゾの41号である。
四条畷駅からナゾの41号に乗れた日は、確かに反対方向に走ってくるバスに41号が多い。バスが遅れるかどうかは、その日になってみないとわからないので、何人かの乗務員と何台かのバスがスタンバイしていることになるが、そのための費用と労力は大変なものだろう。余分な乗務員の確保というのも一種の渋滞対応であるが、はてさて、こういう事態に対する公的支援はあっただろうか。バスが渋滞をつくりだしているわけではなく、どちらかというと渋滞解消に寄与しているのだが。お上はそこまで面倒は見てくれないかなぁ・・・
Webmasterは通勤で近鉄バスを使っているが、毎日使う人だけが存在を知る秘密がある。
通勤経路は乗車するのはJR四条畷駅のバス停だが、この駅前は狭い。ちょっと幅が広めの道路といった程度の駅前広場である。それが理由でバスが発着できないからか、駅舎の階段を下りたところは客待ちのタクシーが並んでいる。バスを使う人の方がよっぽど多いのだが、サイレントマジョリティーの常連客は猫の額ほどの駅前広場のさらに向こうに追いやられている。バリアフリーをするならエレベータだけでなく、バス停も考慮してほしいものであるが、エレベータ工事が終わったらバス停関係の改善が始まるのであろうか。
(※)写真中央のバスは京阪バスで、近鉄バスはさらに向こうに小さく映っている黄色のバスである
駅の階段を下りたところから酒屋、パン屋、たこ焼き屋を過ぎた向こう側にようやくバス停がある。シェルターの付いているのは京阪バスのバス停であり、近鉄バスのバス停はさらに先の、もはや駅前広場と言うよりは駅前広場の取り付け道路の端にある。おまけに雨ざらしである。ここから大学までは15分ごとにバスが出ており、四条畷が始発で約12分で大学の東口に着く。
出勤時にもいろいろとナゾはあるのだが、今回は帰宅時のナゾである。帰宅時は出勤時と逆コースなので、必然的にバスは終点まで乗ることになる。だが、この終点がナゾなのである。えっ? 行き先不明のミステリーバスかって? それに近いかもしれない。
終点手前の最後の停留所を過ぎると、バスの車内放送として「次は終点四条畷、JR線のりかえ・・」と放送されるのだが、なぜか乗客はほぼ必ずチャイムを鳴らすのである。終着なら全員降車するので、チャイムは不要なはずだが、押してから降車する。降りる場所は四条畷学園という私立の学校の門の前である。
バスを使い始めた最初の頃はよくわからないまま、誰かの後ろについて降車していたのだが、しばらくすると異変に気が付いた。ごく希に、誰もチャイムを押さないことがあると、バスはいつもと違う場所で終点になるのである。その場所は出勤時にバスに乗るところ、つまり、駅前広場のその先のバス停である。チャイムを押すのと押さないのとでは、終点が違うのである。そのうちにさらに気づいたことは、「次は終点四条畷、JR線のりかえ・・」という自動放送のあとに、運転手が自ら「次は学園前、学園前、お降りの方はチャイムを押してください」と案内しているのである。
つまり、よく使っていた終点は通称「学園前」という名の毎日使う人だけが知る秘密のバス停であったのだ。この「学園前」で降りる人がいないと、バスは駅前広場の端っこのそのまた先の始発のバス停まで客を運んでいってしまう。
その後、明るいときにバスに乗ってわかったことだが、この「学園前」にはバス停のポールがちゃんと置かれており、そこには「おりば」と書かれていた。つまり、ここはJR四条畷駅前の降車専用バス停であった。駅前広場が狭いので、駅前広場に入る前に客を降ろし、バスを回送して「のりば」に行くという運用が本来の運用のようであるが、客の利便を考えて「のりば」まで行ってから降ろしているようである。
(あるいは、四条畷学園の生徒・学生向けの「おりば」かも)
ザルツブルグの話の続きである。1999年の夏にオーストリアに行ったのは、皆既日食を見るためであった。ツアー主催者の機転でハンガリー国境近くまでバスで連れて行ってくれたおかげで、幸い天候に恵まれ何とか皆既の時間帯は雲もなく見ることができた。右の写真はその時のものである。
ところで、である。違うのである。何が違うかって? 色も繊細さも写真と肉眼で見た光景とは似て非なるものなのである。右の写真は、まぁ、粒子が粗いとかピントが甘いとか、フィルムスキャナの限界じゃないのとかはさておき、素人の記念写真としては上出来なのであるが、肉眼で見たものと根本的なイメージがまるで違うのである。
どう見えたかというと、まるで、夜空に咲く大輪のヒマワリなのである。中心部が黒く、外に向かって黄金色の小さな花びらが伸びてゆく。形はこの写真が最も近いのだが、色がまるで違う。皆既日食の写真はウェブサイトを漁ると数々掲載されているし、時にはテレビで皆既日食の特集番組が流されるときもある。だが、どれも色が違うのである。いっそ、植物のヒマワリの花の写真を見た方が、心の中のイメージに近い。
天文愛好家の方の中には、何度も何度も皆既日食を見に出かける人がいるようだが、その気持ちがわかるような気がする。いくら高価な機材で撮影しても、肉眼で見えた光景の足元にも及ばない。百聞は一見に如かずと言うが、残念ながら映像機器の能力は、肉眼にはまだまだ及ばない。ましてや五感のうちせいぜい2つくらいしか伝えられない。情報機器の発達で交通は無くなるかというと・・・やっぱり無くならないのではないかと思う。
日本で見える次の皆既日食は2009年7月らしい。2035年9月まで待てば、日本のど真ん中でも見られるようである。
2006年はモーツアルトの生誕250周年だそうである。彼の生家はオーストリアのザルツブルグにあり、観光名所として有名である。ザルツブルグといえばもう一つ有名なのが、映画サウンドオブミュージックのロケ地であろう。旅行に行くなら事前にビデオを見てから行くと、随所にロケ地が出てきてなかなか楽しい。ミラベル庭園や修道院、クライマックスの墓地もある。ガイドさん付きのパックツアーなら、結婚式の場面に使われた郊外の教会などにも連れて行ってくれるものもある。ただし、ジュリーアンドリュースがウェディングドレス姿で降りてくる大佐のお屋敷の曲がり階段は、確かロンドン市内のとあるホテルのロビーなのでザルツブルグではお目にかかれなかったはず。
さて、机の引き出しをゴソゴソやっていると、こんなのが出てきた。その名も、ザルツブルグ・カード。プラスチック製の名刺大のカードで、購入すると自分で名前と日付と使用開始時刻を記入する。その日時から24時間有効である。市内の公共交通機関(※)が一部を除き乗り降り自由になるとともに、このカードを提示すると市内の観光地の入場料が割引になる。1999年の夏に利用したのだが、日本からベビーカーを押して幼児連れで出かけたWebmaster一行には、これがなかなか便利であった。
(※)ザルツブルグの公共交通機関の主力は連接バス。トロリーバスもある。
市内主要施設の割引特典付き一日乗車券は、日本にも存在しているが、日本とヨーロッパでは便利さがだいぶん違う。何が違うかというと、いちいち切符を乗務員や駅員に見せなくてもいいので煩わしくないのである。地下鉄の場合、日本だろうが欧州だろうが地上から地下まで移動しなければならないので、面倒さは大きくは変わらない。だが、路面交通機関を使うときには、いちいち見せなくてもいいというのは非常に大きな差になる。
日本では、バス乗車時には、後払いの場合は後ろや中程のドアから入り、降車時に運転席横で支払って降りる。混んでいるときには、バスの中を大旅行しないといけない。前払いでも動線が逆になるだけで、同じである。
ところが、いちいち切符を見せなくても良い場合はどうだろう。乗ったドアと同じドアから降りればいいので、「大旅行」は必要ない。それだけではない。車イスでもベビーカーでも、乗ったドアから降りればいいので、車両の全部の床を低くしなくても、ドアの周辺だけ低ければ事足りるのである。日本のバスや路面電車では、この「大旅行」を前提としているので、車内の通路幅が車イスが通過できる80cmよりも広いことがバリアフリーの条件であるとともに、客が降車時に運転席の横を通過できるような構造であることが求められるケースが多い。このため、欧州のLRVやBRTをそのまま輸入しても、現状では国内では使えないことがある。さらに、通路幅が80cmあっても、混雑しているワンマン運転の電車では、この「大旅行」が原因で車イスやベビーカーは事実上、物理的に乗車拒否されているようなものとなっている(※)。
(※)ベビーカーは、日本のほとんどのバスにおいて、開いたままでは乗せてくれない。だが、ベビーカーをたたんで、幼児を抱いて、しかも荷物があるという状態は過酷であり、且つ極めて危険である。欧州ではベビーカーでそのまま乗車するのはごく当然である。
さて、日本人のあなた(※除く、専門家)。そんなことをしたら無賃乗車をする者ばかりで、営業が成り立たないのではないかと疑問に思うかもしれないが、大丈夫。私は遭遇したことはないが、私服の検札官が乗車しており、時々抜き打ちの検札を行う。もし、その場で有効な乗車券を示せない場合には、かなり高額(5000円くらいが相場かな)の罰金を支払わされる。日本のように3倍ではすまされない。なので、みなさん、切符は買う。右の写真はバスや路面電車ではないが、イタリアの地下鉄駅(※)構内での抜き打ちの検札風景である。切符を持っていないと、やはり罰金である。こんな写真をゴソゴソ撮っていたので、当然「切符を見せろ」と言われたが、1日券を持っていたので、おとがめ無し。「パーフェクト」だそうだ。
あっ、そうそう、観光客でない場合は、乗車前に電停や停留所の券売機で乗車券を購入し、乗車前に打刻機という機械で自ら日時を入れてから乗車する。乗車券は一定時間有効で何度でも乗り降り自由というものが多い。
(※)地下鉄の改札もフリーパスの都市がある。写真はミラノ。
この信用乗車方式を導入できるかどうかが、LRTを導入する際の利便性を大きく左右する可能性があるが、罰金の取り方、検札を誰がするのか、日本人にとって未知の乗車方法が理解されるか等々、課題は山積である。たとえコストがかかっても、一切取りこぼしがあってはいけないという日本人の考え方、この考え方を、多少取りこぼしがあっても改札のコスト削減で割に合うという欧州人の考え方にどうやって近づけるのかが、最大の課題であろう。
日本型ETCも日本人の考え方を色濃く反映しているという点では、バスの中の大旅行と根が同じである。
ついで、である。新幹線のコマーシャルも環境アピールがちょっと弱い。これまで見過ごされてきた航空機のウィークポイントを攻撃するCMがあってもいい。
例えば、移動距離が500Kmの場合を想定してみる。航空機で移動すると1人が1Km移動するたびに炭素換算で約30gの炭酸ガス放出がある。いっぽう、鉄道の場合は、約5gである。つまり500Kmなら、航空機で15Kg-C、鉄道で2.5Kg-Cである。例のごとく、わかりやすく換算してみよう。
それぞれの排出量をmol単位であらわすと、航空機で1,250mol、鉄道で208molの炭酸ガス放出がある。二酸化炭素の分子量は44なので、航空機では55Kg、鉄道は9.2Kgの二酸化炭素重量である。
再び妄想です。
由紀恵お姉さんが山登り姿で画面に登場。背中には山登り用の巨大なリュックを背負い、歩くのもままならない。
苦しそうな声で言う。
「みな、さん、知って、ました、か? もし、あなた、が、東京から、大阪、くらいの、距離(※)の出張で、飛行機を、使ったら、なんと、55Kgもの、二酸化炭素が、出ちゃい、ます」
(※)この部分は、地域の実情に応じて福岡とか盛岡とか適宜変更してください。
由紀恵お姉さんは、座り込む。
突然、軽快なビジネススタイルに変身し、手にはコロコロ転がすタイプのカバン。
そばにあるパソコン2つ分程度の黒っぽい物体をそのカバンに入れながら、こう話す。
「でも安心。飛行機じゃなくて、新幹線で行けばこんなに減っちゃいます。」
由紀恵お姉さん、カバンを転がしながら、「じゃぁね〜」とか言いながら手を振り、さわやかに画面から退場。
ここで新幹線の動画が映され、鉄道会社のジングルが入って終わり。
放映時期は、新人が上司にくっついて初めて出張に行きそうな5月か6月頃がいいかも。
TVコマーシャルを見ていて、ふと思った。鉄道会社のコマーシャルは一体誰をターゲットにしているんだろう。便利さアピール、イメージ戦略、価格アピール等々あるが、よく言われるように、鉄道会社間でのパイの奪い合いが基本のように見えるのは気のせいだろうか。最大の敵、自家用車のウィークポイントを正面攻撃するCMがあってもいいのでは無かろうか。
(※)右の写真は、イタリア国鉄のポスター。鉄道を自家用車代わりに使ってね、ということのようである。
例えば、移動距離が20Kmの場合を想定してみる。自家用車で移動すると1人が1Km移動するたびに炭素換算で約47gの炭酸ガス放出がある。いっぽう、鉄道の場合は、約5gである。つまり20Kmなら、自家用車で940g-C、鉄道で100g-Cである。ところが、この炭素換算の重量というものが今ひとつピンとこない。
それぞれの排出量を化学で出てくるmol[モル]という単位であらわすと、C=12なので割り算して、自家用車で移動すると78.3mol、鉄道で8.3molの炭酸ガス放出がある。・・・もっとわかりにくくなった。
二酸化炭素を理想気体と仮定すると、気体は絶対温度に比例して体積が増え、1molの気体は0℃で22.4Lの体積となるので、例えば20℃では約24Lになる。20℃のときの体積であらわすと、自家用車で移動すると1880L、鉄道で200Lの炭酸ガス放出がある。・・・だいぶよくなったが、もう一声。
よく使われる家庭用のゴミ袋が45Lなので、袋の数で表すと・・・気温20℃のとき、自家用車で移動するとゴミ袋42個の炭酸ガス放出があるが、鉄道なら4個半ですむ。OK。
以下は妄想です。
由紀恵お姉さんが画面に登場(※)。
「みなさ〜ん、知ってましたか? もし、あなたの通勤距離が大阪と京都の間の半分くらいで、車で行ったとしたら、なんとゴミ袋42個分も二酸化炭素が出ちゃいます」
由紀恵お姉さんは、ゴミ袋に埋もれる。
(※)この部分は、状況に応じてお好きな女優さんに適宜読み替えてください。
そこへイコちゃん登場(※)。
くちばしで、どんどんゴミ袋を割ってゆき、4個としぼみかけた1個の計4個半を残す。
(※)この部分は、地域の実情に応じてペンギンとかワンワンとか適宜変更してください。
由紀恵お姉さんは、続ける。
「でも安心。車じゃなくて、電車で行けばこんなに減っちゃいます。ね、イコちゃん!」
イコちゃん吠える。
「電車でイコか〜」
ここで鉄道会社のジングルが入って終わり。
放映時期は、新生活が始まる直前の3月から4月上旬がお奨めである。
景気回復だそうだ。学生の就職状況も上向いてきた感がある。けど、そうかなぁ? 回復してるのは東京と名古屋だけではないかという話もある。確かに名古屋は景気が良さそうである。美濃、尾張、濃尾、徳川、黄金、尾頭橋、金城、金山、豊田、豊橋、豊川、豊山、豊明、千種、武豊、勝川、栄、栄生、太閤通、錦、etc... 愛知県とその付近にはゴージャスで景気のいい地名が多いのは気のせいだろうか。もともと木曽三川河口の肥沃な土地である。ゴージャスなのは地理的、歴史的なものか。まぁ、地名はともかく、昨今は名古屋駅前は摩天楼のようになりつつある。未来的雰囲気を醸し出す森永キャラメルの土星風立体広告付き大ナゴヤビルヂングの車窓イメージも、今や変貌した。世界のトヨタも、セントレアでもなければ豊田I.C.や名古屋I.C.でもなく、新幹線の駅前に本社を構える。
さて、年末に公共放送の大阪局制作と思われる「大阪のこれから」という番組が放映されていたようだ。同趣の番組は京都の民放UHF局の「どうする京都21」が先輩格である。そういう番組が成立するのは視聴者層が成熟してきている証拠なのだろう。だが、この大阪の将来を考える番組、どうも地方都市の活性化を取り上げた番組にしか見えなかったのは気のせいだろうか。
大阪は近畿地方の中心地である。日本全体から見れば、関東と関西の二眼構造があるので、西の極である。ところが、番組の構成はまちづくりの話(町屋の再生等々)、対東京の話(再開発の話など)、大阪文化の話など(大阪人の気質や芸能文化の話など)、あと、何があったかな? それ自体悪いわけではないのだが、どうしてこれまで大阪が西の雄たり得たかのレビューを欠いている。
大阪いや大坂および京都・奈良などを含む周辺地域は、長らく日本の中心であった。これは日本の人口および経済活動が今よりも南西日本に偏っていたからであろう。農業主体の国土では、東北および北海道の人口扶養力は小さかったと察する。その後、実質的な首都が鎌倉や江戸に移っても、農業主体の国土であることには変わりなく、経済的中心が大坂に残ったのは、人口および経済活動が引き続き南西日本に偏っていたからであろう。また、大坂は瀬戸内海の東端であったことから、海運によって中国・四国・九州方面とつながっているとともに、水運を使えば琵琶湖まで陸路が必要ではなかったので、中京圏や関東圏に比べて日本海側にも出やすい位置にあった。天下の台所は全国の主要各地域からアクセスしやすかったのである。
その後、農業技術が進歩することによって東北や北海道の生産力が向上するとともに、特に戦後は産業の高度化に伴って、明治以降は気候が地域の扶養力を支配する要素は減ってきているはずである。日本の「人口重心」は岐阜県にあるが、段々と東に移動している。東の極の重要度は増し、相対的に西の極の重要度が低下するのは、ある程度仕方のないことなのだが、果たして今の大阪は日本のNo.2の地位を守っているだろうか? いや、危なそうである。中国・四国・九州はすでに東京を見ている。中京は独立独歩の道を歩んできている。今はまだどちらかといえば関西寄りだが、北陸も段々と東を見始めている。
ここまで書いてくると、そろそろ何が言いたいのかおわかりいただけただろうか。そう、周辺府県に対する気配りがないのである。大阪の街並みをきれいにすれば大阪が復権するのではなく、再開発をしてきれいなビルを並べれば復権するのでもなく、東京には負けないと踏ん張れば復権するわけでもない。一地方都市と西日本の中心都市との差は、多くの皆さんに集まっていただいて、いろいろ商売・商談をしていただく器の広さが必要なのである。大阪人だけでできることには限界があるということにそろそろ気づいた方がいいだろう。
社会基盤整備について言えば、皆さんに集まっていただくために必要なインフラは何かを考えると、これから何をすればいいのか見えてくる。東京に目が行くのは、東京の方がビジネスがしやすいからである。東京よりもビジネスがしやすい環境とは何かを考えればいいわけだ。わざわざ遠方の東京にアクセスしなければならない西日本各地の人の身になってみると、近い方がいいに越したことはない。情報通信には鮮度や細かなニュアンスの点で限度があるし、直接行くにも飛行機のCO2排出は長距離移動する自家用車なみに環境に悪い。まずは、西日本の皆さんに、大阪はどうしてほしいですかと聞いてみるといいだろう。だが、「もはや大阪には何も期待してません」と言われるかもしれない。
年末から大雪である。昨年12月の平均気温はここ数十年で最低だったということで、日本海側を中心にドカ雪である。いただいた年賀状にも、「北陸本線の除雪で疲れました」とあり、当たり前のように動いている電車を当たり前のように動かすには、日々の努力が必要であることが伺える。
さて、大雪になると交通機関の麻痺が報じられるが、新幹線が雪で運休になるのは珍しい。こう書くと、「あぁ、雪が多くて6日に運休になった秋田新幹線のことか」と思うかもしれないが、さにあらず。あれは新幹線ではなくて田沢湖線という在来線の右と左のレールの間隔を幅を広げて新幹線と直通の電車を走らせられるようにしたものなので、基本的な設備は在来線である。
冬になると雪で新幹線が遅れることがあるが、最初に建設された東海道新幹線で遅れるケースがほとんどである。最初の新幹線だったので、降雪地帯を高速走行するノウハウが十分ではなかった。降雪時には関ヶ原付近を中心にスプリンクラーで雪を融かしているが、あまり大量に水を撒きすぎると、線路が載っかっている盛土が崩れてしまう。このため、雪対策に限界がある。
その後建設された路線ではコンクリート高架橋を主体としているので、いくら水を撒いても崩れる心配がない。出自が在来線である山形新幹線や秋田新幹線の影響を受けて東北新幹線のダイヤが乱れることはあっても、雪が原因で東北新幹線そのものが走れなくなったり減速しなければならなくなったりするケースはほとんど無い。ただし、風がある場合は別である。上越新幹線はさらに豪雪地帯を走るので、高架橋に雪が貯まって線路が埋まってしまわないような工夫もされている(※)。
(※)写真は建設中の北陸新幹線の高架橋[金沢駅東側]であるが、新幹線列車は高架橋上面の2つある凸部分の上を走る。大雪が降った場合は、この凸部分以外の凹んだところに雪がたまり、線路が雪に埋もれにくいようになっている。
長野新幹線こと北陸新幹線では、建設費を抑えるために一部で土を盛った構造の線路があるが、ちゃんと豪雪地帯ではないところを選んでそうしてある。こういうわけで、基本的には新幹線は雪で運休という事態は非常に少なくなっている。
ところで、もし、冬場は走れないから北陸新幹線なんぞ作らんでも良いと主張する人がいたら、おそらくその人は新幹線のことをあまり知らない人である。延長の半分くらいがトンネルである上、そうでない区間についても、雪が降ることがわかっていれば必ず雪対策をするだろう。もし、北陸新幹線を米原で東海道新幹線につないだら、冬場は、北陸新幹線が遅れて東海道新幹線がとばっちりを受けるのではなく、逆に東海道新幹線の影響を受けて北陸新幹線が遅れるだろうなどという、笑っていいのかどうかわからない話もあるほどである。
サービスエリアで手に入れたETCの割引制度のパンフレットの解読中である。実際には瞬時にハイテク機器が処理してくれるので問題はないが、なかなか複雑で即座には理解しにくく、頭を悩ませている人は多いだろう。最も理解しにくいのは高速国道と一般有料道路と(一般ではない)有料道路の区分けではなかろうか。時速100km近くで走っているにもかかわらず、「ここから高速道路」という意味不明の看板を見かけることがあるが、その原因となっている区分けである。電車に乗っていて「ここから軌道法適用区間」とか「ここから整備新幹線」などという説明を見かけることはないが、高速道路ではそれを利用者に理解させようとしているようである。
さて、盆と正月くらいしか高速道路を使わず、しかも子供がいるので早朝夜間をなるべく避ける我が家では、割引制度の分析の結果、深夜割引も通勤割引も早朝夜間割引も関係なさそうである。おそらく、深夜割引はトラックがなるべく深夜は一般道を走らないことをねらった制度、通勤割引は地方都市等の一般国道などの渋滞緩和をねらった制度、早朝夜間割引は大都市圏のピークをならして渋滞を緩和するための制度であろう。もしそうなら、一般向けのパンフレットには、「こういう人におススメ」のように主なターゲットを書いておいた方がよいだろう。
最後の割引制度はマイレージである。全部高速自動車国道を利用するとして、年間利用額1万円なら200ポイントが付き500円分の無料通行分に交換できる。5万円なら1000ポイントが付き8000円分の無料通行分に交換できる。一見、以前のハイウェイカードと同じなのだが、ハイウェイカードには有効期限が設けられていなかった。ETCのポイントは有効期限があり、2年で失効する。ハイカは5万円券さえ買っておけば、年間利用額1万円でも5年間にわたって使用すれば8000円分の特典が付いたが、それはなくなった。しかもこのポイントシステムは申し込んでおかないと貯まらない。得することは自ら言い出さないとやってくれないという、民間ではあまり見かけない素敵なシステムを採用している。
結局、我が家は料金実質値上げ対象のようだ。年間特典500円や1000円程度では、いくら安くなったとはいえ、機器の導入とその後の管理コストに見合いそうもない。導入の可能性は五分五分かそれ以下である。つけるとすれば、経済的理由や利便性以外によるもの・・・つまり、話のタネであろう。高速道路のETC普及で、逆に一般道は空いているだろうから、こっちの走行を増やして帳尻を合わすことになるのだろう。
割引やポイント制などの特典システムは、大口顧客優遇策・販売促進策であることが多い。その点では、交通サービスを行う企業として有料道路事業を見れば、ETC割引制度やマイレージサービスはごく当たり前の料金システムである。だが、いくら高速走行時の燃費がノロノロ運転よりはマシだとはいえ、CO2排出の大きな交通システムである。大口顧客だから料金優遇策というだけではCO2を増やす可能性がある。CO2排出削減が大きな社会問題になっていることを考えると、乗車人数や車種、あるいは競合交通機関への影響を含めて総合的な料金施策を実施した方がいいだろう。幸い高度な電子システムはそれを瞬時にやってのける可能性があるし、今の機器では処理できなくとも進化の余地はあろう。株を売り払ってしまってコントロールが効かなくなる前に考えてほしいものである。
民族大移動という言葉もあまり聞かれなくなったが、Webmaster一家は公共交通の不便な田舎と世界的自動車会社本拠地の大都市近郊との2カ所に帰省することが年中行事である。我が家が駅前に引っ越したこともあり、自家用車の走行距離は年3,000km程度で推移している。以前の年10,000kmに比べると劇的に少なくなり、我が家の運輸部門におけるCO2削減率は50%以上になる。CO2削減には居住地も重要であることを実感している。
さて、CO2削減が重要であるとは言っても盆正月に大きな荷物を持って子供連れで電車を何度も乗り換えるのは苦痛である。子連れに厳しい日本では、幼児に対して座席指定をした価格¥0の切符を発行してくれるわけではないので、子供、特に幼児の座席の確保が難しい。幼児を連れてホーム上で1時間前から自由席車のスタンバイをするのは至難の業である。かといって、日本の普通車の座席では膝の上に長時間抱えているのも重労働である。よって座席の確保をしたければ相応の出費を覚悟しなければならない。カナダでは鉄道もバスも¥0の切符を発行してくれた上、飛行機のような優先乗車をさせてくれたので、たいへん有り難かった。かたや少子化大騒ぎの日本では、幼児は荷物扱いしかしてくれないので、幼児のいる家庭が自家用車を選択する傾向が強いのは当然の成り行きであろう。
Webmasterも人の子なので、交通機関の選択は人並みである。帰省の際には迷わず自家用車を選択する。年間3,000kmの走行距離のうち、3分の1あまりは帰省によるものである。ただし、1台に4人乗車であり、渋滞するような道路はあまり走らないので、CO2排出量は鉄道の少なさには及ばないものの、バスや路面電車レベルにはなっているだろう。
今回の主題はETCである。Webmasterは以前から日本式のETCは普及がなかなか進まないだろうと思っていたが、案の条である。公式にはETC普及率50%達成であるが、この数字は料金所を通過する車の半数がETC付きということであって、日本の自動車の半数にETCがついているというわけではない。車載器が付いているのは、2割ほどである。ETCを付けると便利だから付けたというよりは、付けないと各種割引を受けにくくした結果であり、料金政策による誘導の側面が強い。道路渋滞は料金所などのネック部分の能力が10%か20%程度向上するだけで解消してしまうことが多いと言われていた。そしてわずかなETC普及率の段階で、都市部の慢性的な渋滞はかなり解消してしまった気配がある。だが、合理化にはETCは何としても普及させたいところである。そこで、料金政策である。その料金政策もいよいよ最終段階である。不正の温床だったハイウェイカードの高額券発行停止はまだ記憶に新しいところであるが、ついに残る券種も全面廃止である。4月以降は使用もできない。ハイカがダメならSuicaやIcocaのようなシステムにでもしてくれれば導入が簡単でそこそこの渋滞解消効果を発揮してくれたかもしれないが、すでに後の祭りに近い。
この正月、我が家を含めて、こたつを囲んで車にETCを付けるべきか否かを家族会議に諮っている家庭は多いことであろう。車載器が安くなったとはいえ、年に数回しか使わないからとか、割引額が割に合わないとか、カードや機器の管理が面倒だからという理由で見送る家庭もあるだろう。カナダのように、車載器無しで利用できるETCシステム(※)ならもっとETC利用者は増えただろうに、高価なシステムを開発したばかりに普及伸び悩みである。日本でもスマートプレートという簡易なシステムが開発されつつあったが、どこかに行ってしまった。
(※)トロント都市圏北部寄りを東西に貫く無料の高速401号は往復10車線以上ある区間もあるが、渋滞が多い。これに並行するように高速407号が整備されているが、こちらは有料である。事前に登録しておくと、ナンバープレートを高速の出入口で読み取り、後日銀行引き落としとなる。登録していない場合も、割高ではあるが自動車の所有者宛に後日請求書が送られてくる。米国の車などは徴収不能らしい。
ところで、ETC利用者に料金を割引する論拠は存在している。ETCを利用すると料金所の処理台数が増大する。そうすると、渋滞解消に役立つのでETC非利用者も含めて便利になる。燃費が良くなるので環境にも優しい。道路整備量を減らせる。だから協力者であるETC利用者の料金を安くしても良いというロジックである。このロジックは基本的には正しい。ETCが普及すると、道路渋滞は解消する方向にはたらく。道路の処理能力が向上するからであり、道路のサービスレベルが向上する。料金割引もなされていれば、ETCが普及すればするほど、平均的な料金水準も低下する。総じてETCが普及すると道路のサービス水準が向上するわけである。ただし、世の中に道路しか存在しなければ、という条件付きであるとWebmasterは思っている。
前回のコラムでも説明したように、公共交通は需要が少なくなるとサービス水準が下がるという特徴を持っている。さて再び、道路と鉄道の両方が使えるところがあったとしよう。道路は有料道路だったが、ETCが使えるようになった上、ETC利用者に対する割引も実施されるようになったとしよう。そうすると、一時的には道路混雑は軽減される。鉄道の利用者は以前のままである。しばらくすると鉄道の利用者の一部が空いて迅速に移動できるようになった道路を使うようになり、道路利用者が増え、鉄道利用者が減る。さらに時間が経過すると、鉄道では利用者減に応じてサービスダウンを余儀なくされ、さらに利用者が減る。いっぽう、道路の利用者は増え続け、ETCが普及した割には時間的には早くならない。結局、ETC普及で公共交通が弱体化し、道路側も料金はともかく、さほど早く目的地には着けない。そんな構図が見えるような気がするが、正月ボケによる幻影だろうか。
Webmasterは数年前、カナダで一年を過ごした。公共交通や社会基盤整備関係の研究をする人は、あまり行かないところであるが、縁があった。今振り返ってみると、なかなか興味深い。人口減少後の日本の姿が見えてくるのは気のせいだろうか。
カナダの人口密度は平均で平方キロあたり3人ほどにしかならない。日本の100分の1である、もちろん、北極圏も含んだ値であり、大半は南部の米国国境付近に住んでいるので感覚的には北海道に近い密度感であり、実際にその程度である。人が少なくて、国土が広大なので、社会基盤の維持は大変である。自動車社会に対応して道路は整備されているものの、寒冷地ということもあり、その状態は必ずしも良好とは言い難い。日本人の感覚からいうと、ボコボコである。鉄道線路も御多分に漏れず、ヘロヘロである。人手も資金も不足していて緻密なメンテナンスができないのであろう。ヘロヘロの線路でも脱線しにくいような厚みのある車輪が使われていたようだが、それでも時々脱線する。Webmasterが数回利用したトロント行きの列車も、滞在2ヶ月目には脱線事故を起こしていた。トロント=モントリオール間の幹線の急行列車の車窓には貨物列車の残骸が見えたこともある。日本で列車が脱線すると大ニュースであるが、彼の地ではさほど大きな扱いではなさそうなので、発生頻度は日本より大きそうである。
去年、日本の人口がピークを迎えたようだが、ここ数年、人口減少下の社会変化に関する議論が始まった。今のところ、主に2つの意見があるようだ。人が減ると社会基盤を利用する人が少なくなって、道路や電車の混雑も緩和するし、良いではないかという意見。社会基盤を維持するのが大変になるのではないかという意見。この2つである。いずれもそういう場面は発生するであろう。ただ、それがすべてではないようにも思われる。
交通について言うならば、ほぼ完全に公共交通機関が廃れてしまった地域では、人口減少すなわち道路利用者の減少であり、渋滞の回数も長さも減るに違いない。通勤通学その他の手段として道路を利用することが事実上不可能な地域では、人口減少すなわち電車の混雑緩和であろう。だが、両者が機能している地域、つまり、首都圏以外のすべての大都市圏とか、比較的距離の近い都市間とか、そういったところでは不可解な状況が生じるかもしれない。
カナダでもモータリゼーションの影響で旅客営業する鉄道線はここ数十年でかなり減り、事実上バス路線などに転換されたようである。大都市内を除いて、公共交通機関が皆無ではないものの廃れている。自動車がないと生きていけない社会である。(もっとも、天気が悪いときに外を歩いていると、通りがかりの車の人が「乗せてってやるよ」と声をかけてくれるフレンドリーな国民性でもあるので、無くても実際には何とかなってしまう。)だが、基本的に自動車社会なので、公共交通利用者は少ない。日本では乗客が少なくなると路線ごと廃線になってしまうが、カナダでは貨物列車が営業的に成り立っているので、旅客列車を運営する公社(VIA)や州政府などが国鉄(CN)や民間のカナディアンパシフィック鉄道(CP)から線路を間借りして旅客営業しており、少ない旅客でも旅客列車が成立できるようになっている。ちょうど日本のJR貨物のような状況である。1日数往復の路線もあれば、朝と晩に1本ずつという都市間路線や大陸横断鉄道のように週に3往復などという超閑散路線も存在している。地下鉄以外の通勤鉄道も同様で、朝は都心方向に数本、夕方は郊外方向に数本という路線が多い。
さて、日本がカナダのような状況にまで達するにはまだ時間がかかるが、一部の高密都市圏を除き、わが国における人口減少は交通のサービスダウンを招く可能性が高い。公営民営や上下分離・一体の別にかかわらず、公共交通は利用者が皆無であれば、ただの1本も運行されない。逆に、利用者が多くなれば輸送力は増強される。その方法は1回の輸送量を増す方向と輸送の回数を増やす方向とがあるが、どちらか一方の方法だけが採用されることは少なく、客が増えれば大型の機材を使って多数回の輸送が比較的安価に行われる傾向にある。つまり、ラッシュのような混雑が顕在化するほどでなければ、公共交通は客が多いほどサービスがよい。
いっぽう、道路はどうだろうか。車はすいている道路では速く走れるが、車が増えてくるとだんだん遅くなって、ついにはノロノロ運転になってしまう。よく知られた渋滞や停滞という現象である。
いま、道路と鉄道の両方が使えるところがあったとしよう。人口が減少して、移動する人の数が少なくなると、一時的には道路混雑は軽減され、鉄道の利用者も減る。ここで事業者が気づいて大規模な設備投資をしてサービスの大幅な向上策をするなら話は別である。だが、たいていは、しばらくすると鉄道は利用者減に応じてサービスダウンを余儀なくされ、便利になった道路と不便になった鉄道という状況が生じる。そうすると、だんだんと車を使う人が増えるとともに、さらに鉄道の利用者が減ってしまう。結局、人が減っても車は減らず、鉄道も以前よりサービスダウンになる。こういう構図が見えてくる。
カナダなら1日1本や2本といったところまで本数が減らせるのだが、日本ではある限度を超えると鉄道が廃線になってしまうことが多い。もし廃線の憂き目にあうと、さらに深刻な事態になる。鉄道の客を全部道路で運ばなくてはならなくなるので、人口が減少すると道路整備をしなければならなくなるという妙な事態もあり得る。人口が減って、公共交通だけがバタバタと倒れ、道路混雑だけが残る。そんな21世紀の日本の交通像が見えるような気がするのは、気のせいだろうか。
簡単に言ってしまえば、好きだからである。三つ子の魂百まで、である。でも、世の中、鉄道が好きな人は五万といる。いや五百万か? 何も研究対象にしなくとも、研究者で、実は鉄道が好きだという人は(黙っている人も含めて)たくさんいるはずである。もっと流行の研究テーマにすれば、スポンサーも付くかもしれないが、独立採算が原則の公共交通機関は、こういう面でも厳しいのが実情である。そんなわけで、社会基盤整備分野で鉄道を主体として研究している大学や高専は片手に余るほどしかない。
今を去ること、20年前、webmasterは高校生であった。大学の受験は航空工学を第一志望として制御工学、電子工学、機械工学あたりを目指していた。その夏、忘れもしない8月12日、524人を乗せた日航ジャンボ機が群馬山中に墜落して大惨事となった。その出来事はその高校生の心中にも当然深く刻まれて意を固くしたわけであるが、配点が低いことを理由に国語を軽視していたことがたたって、ものの見事に足を引っ張られて卒業後1年間の自由時間を得ることとなってしまった。
さて、1年後。現役3年生ならチャレンジ精神旺盛なのだが、既に痛い目に遭っているので志望校選びは慎重である。大学の案内を隅から隅まで読んでいると、目にとまった文字が「鉄道工学」。何!?、鉄道は趣味の対象ではなかったのか? そんなものが大学に存在するのか? 3年後、その科目を受講し、4年後、その科目に関連する研究室で卒業研究を行い、今や教壇に立っている。航空事故は近年少なくなったが、鉄道の事故率はそれ以下である。乗客として乗っている限りは、まず事故のことを心配しなくても良い。そう授業では説明しているし、事実そうである。航空事故の大災害に対しては、航空機を丈夫にするするという解決策も重要だが、航空機以外の選択肢も提供するという解決策もある。
今年(このコラムを書いているのは年末である)は大きな鉄道事故があった。ここの大学でも2名の学生が命を失い、10名近くがけがをした。件の列車は、事故がなければ私の自宅の横を午前10時に通過することになっていたのだが、来なかった。テレビには惨状が映し出されている。列車は確かに来ない。血の気が引いた。仕事柄、事故の規模は即座に察しがついた。それからしばらく、マスコミの方々から毎日のように取材の電話がかかってきたが、事故原因を説明させて、言葉尻を捕まえて「鉄道は危ない」と言わせたそうなものが多かった。結局、テレビ出演から記事や番組のコメント等々まで、すべて断ったのだが、鉄道事故の発生頻度についての基礎知識の少ない方が多そうであった。
自動車事故で亡くなる方は年間1万人前後である。2005年は飲酒運転の取り締まりなどが功を奏したのか、8,000人7,000人程度まで減ったようだが、それでも鉄道の乗客として事故死する方の数とは1〜2桁違っている。運んでいる量が自動車の方が多いことを考慮してもかなり多い。(この大学でも毎年数名の学生が自動車やバイクの事故で命を失っている。事故でけがをする人数はもっと多くて、私のいる学科だけでも、各学年1〜2人ずつ交通事故に遭っているようである。)マスコミの取材電話で、「今回の鉄道事故は確かに大惨事です。ですが、あなた方は、毎日毎日、新聞記事にもなっていない自動車事故が多数発生していることをご存じですよね? それでも鉄道の方が危ないですか?」と話すと、たいてい同意する。そして、つまらなさそうに電話を切る。確かにあれは大事故であって、まさに私が日々通勤に使っている電車(事故列車の運転士が運転する列車に私も日々乗っていたはず)が危険だったわけだが、だからといって電車通勤をやめて自動車で通勤しようというキャンペーンなど張っていただいては、かえって事故で死ぬ人の数が増えることになってしまう。100名以上の方が亡くなるような事故が発生したとしても、みんなが自動車に乗ればもっと事故死する人の数は増えてしまう。
だがやはり鉄道の事故は重大である。航空機や自動車は、鉄道に乗ることによって事故を避けることができる。だが、鉄道が危なくなっては、もはや代わりの交通機関がない。年末になってまた鉄道事故が発生してしまった。場所が遠いのと4月の事故で断り続けたのとで、今回は取材は来ないが、気が重い。2006年は安心して鉄道に乗れる年になってほしいと願う。
12月に宮崎に行った際、延岡まで足をのばしてみた。ちょっと高千穂鉄道に乗ってみようかと思ったのだが、なんと運転休止である。張り紙には再開の目途は立っていないとも書いてある。その後、1か月を経ずして悲しい結果を目にすることとなった。
近年、地方の鉄道路線が災害などで不通になると、運転再開までの期間が非常に長くなっているような気がするのだが、気のせいだろうか。
路線名 | 不通期間(期間) | 不通期間(長さ) | 不通区間 | 原因 |
---|---|---|---|---|
島原鉄道 | 91.06-97.04 | 70ヶ月 | 島原外港-深江 | 火山災害 |
大糸線 | 95.07-97.11 | 28ヶ月 | 南小谷-小滝 | 豪雨災害 |
越美北線 | 04.07-工事中 | >18ヶ月 | 一乗谷-美山 | 豪雨災害 |
高山線 | 04.10-07.秋 | 約36ヶ月 | 角川-猪谷 | 豪雨災害 |
高千穂鉄道 | 05.09- | 廃止? | 全線 | 豪雨災害 |
(参考) | ||||
えちぜん鉄道 | 01.06-03.10 | 28ヶ月 | 全線 | 人災 |
山陽新幹線 | 95.01-95.04 | 3ヶ月 | 新大阪-姫路 | 地震災害 |
上越新幹線 | 04.10-04.12 | 2ヶ月 | 越後湯沢-新潟 | 地震災害 |
被害の程度や地理的な条件等々が異なるので一概には比較できないが、概して幹線よりも復旧までの期間が長い。いろいろ理由はあろうが、復旧に多額の費用をかけられない、という理由が見えないだろうか。
日本の鉄道経営は、独立採算の原則が強くはたらいている。建設費と運営費とを運賃収入ですべてまかなうのが原則だ。そうすると、まず建設費を借金で調達して運営にこぎ着け、運賃収入で何十年もかかって返済することになる。こういう方法で鉄道を建設している国は少ない。乗客が多い区間については楽々返済を済ませて、あとはドル箱となるのだが、そうでない地方ローカル線はそもそも必要とされていても建設できないし、何とか建設しても借金の返済に青息吐息である。帳簿上赤字にでもなろうものなら、それいわんばかりとマスコミに袋だたきにあう。そこで、最近は整備新幹線方式、つまり公設民営が主流になりつつある。
上の表にある大糸線や高山線はJRの運営であるが、これらは今や民間企業である。基本的には儲からないことはやらない。だが、儲からないからといって片っ端から廃線にするわけにもいかないし、路線単体では儲からなくても、接続している幹線の特急列車に多くのお客が乗り換えてくれるようなら幹線の営業にも支障が出る。かくして支線・ローカル線は現状維持で推移してゆくのだが、災害が発生するとちょっと事情が異なってくる。
水害などの災害が発生すると、国にはそれを救済する制度がある。災害救助法が有名だが、これは基本的に住民救済のようであり、公共施設の場合は公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法という大変長い名前の法律に基づいて復旧工事が実施されるようである。ところが、である。交通関係で対象となっているのは道路と港湾だけであり、鉄道は入っていない。日本の政策では、鉄道は公共土木施設ではないようである。鉄道は鉄道災害復旧事業という別の事業で災害復旧させるようだが、どうやらこれですべてが救済されるわけではないようだ。
法律にはこう書いてある。「洪水、地震その他の異常な天然現象により大規模の災害を受けた鉄道であつて、すみやかに災害復旧事業を施行してその運輸を確保しなければ国民生活に著しい障害を生ずる虞のあるもの」これが復旧事業の対象のようだ。つまり、”国民生活に著しい障害を生ずる虞”が無いなら、対象ではないということである。越美北線の復旧費は約40億円と見積もられているようだが、その負担は国庫負担主体ではなく、大半が福井県が負うようである。
経営者に復旧費を工面する余裕が無く、地元自治体も復旧させることに熱意がない鉄道は不幸である。事実上、もはや誰も手を差しのべることができない。インフラが整っているのなら、誰かが運営に手を挙げる可能性は残っているが、災害でずたずたになった地方鉄道を復旧させて運営に持ち込めるのは、公共でなくては難しいだろう。
ところで、越美北線の復旧に、なぜ地元が大枚をはたく気になったか、であるが、京福電鉄の二度の正面衝突事故をきっかけに、えちぜん鉄道を発足させた教訓が生きているに違いない。鉄道の無い生活がいかに不便だったかを身にしみて感じているのだろう。件の宮崎県北部の鉄道だが、不通になって3ヶ月、迅速な決断なのだろうが、鉄道の無い生活は始まったばかりだ。じわじわと身に凍みてこないかな? 地元が決断すれば、それ以上は誰も口を挟む余地のない問題ではあるのだが。
郊外型店舗を得意としていた会社が、百貨店も経営することになったそうであるが、みなさん、百貨店というと、どういうイメージだろうか。おそらく、電車に乗ってまちにお出かけ、ちょっとだけ非日常、ハレの日、というイメージではないだろうか。
このようなライフスタイルを生み出したのは、関西の阪急電鉄創業者である小林一三氏である。都市の中心地から郊外へと鉄道を敷き、郊外の地価の割安なところを住宅開発して売る。学校なども誘致する。遊園地などの行楽施設もつくる。いっぽう、都心には百貨店などの小売り機能やオフィス機能を集積させる。
平日の朝は、郊外の住宅地から中心地まで、一家の主に通勤電車に乗ってもらう。同時に、都心の家庭のご子息には逆方向の通学電車に乗っていただく。朝のピークを過ぎたら、奥様方に都心の百貨店にきていただく。休日は、家族で都心の百貨店にきていただくとともに、都心の一家には郊外の行楽地に行っていただく。そうすると、沿線の事業が繁盛するとともに、電車はいつの時間帯も休日も平日も偏り無く両方向に客がある。めでたしめでたし、というものである。
この沿線経営は、その後、東急電鉄をはじめとして、全国各地の私鉄経営のビジネスモデルとなった。今やドイツなど海外の鉄道事業者が日本型の沿線経営を先進事例として参考にする時代となりつつある。日本の私鉄経営は、沿線で生活の大半が完結するので、エネルギー消費の面でも有利であり、近年はTOD ( = Transit Oriented Development = 公共交通志向型開発) として見直されるようになったが、小林一三氏は実に100年近くも前にTODを完成させていたのである。
さて、タイトルの百貨店の話であるが、都心の百貨店はともかく、郊外にも都心と同じ屋号の百貨店が少ないながら存在する。だがその中身は都心の品揃えを目指しつつも、どことなく大手スーパーが経営するの郊外ショッピングセンターに趣が似ている。これは、おそらく気のせいではない。
郊外ショッピングセンターの命綱は道路であるが、高速道路のような自動車専用道路でも1車線で1時間に2,000台ほどしか通せない。道路がショッピングセンターのためだけに存在しているケースは希なので、ショッピングセンターへの車が使える交通容量はせいぜい毎時数百台程度ではなかろうか。最近は、郊外ショッピングセンターの駐車場が巨大化し、4,000台収容というようなものまであるようだが、そこまでの道路がもし1本しかなくて、その道路の余裕が毎時500台分しかなかったらどうなるだろう。巨大駐車場が埋まるには8時間かかることになり、満杯になる前に最初に入った客が帰り始める。かくして、この巨大駐車場は永遠に満車にはならない。
10年近く前、それに近い状態のショッピングセンターを名古屋の近くで見かけたことがあった。どんどん車はやってくるのに、駐車場は常に空いている。しばらくしたら、見事につぶれ、経営する会社ごとなくなってしまった。その後、別の会社が運営するようになったようだが、状況は余り変わらないようである。
駐車場2,000台とか3,000台とか聞くと、ものすごい人数の客が押し寄せてくるように思えるが、自家用車の乗車人数(定員にあらず)が少ないので、せいぜい客数は5,000〜10,000人である。朝の通勤電車なら、この程度の人数を3〜5本程度の電車で運んでしまう。ものの10分か20分である。都心の百貨店はそんな電車が1日何百何千本発着する場所に立地している。ということは、滅多に売れないような超高級品を店においても、何十万何百万人に1人くらいは買う人が店の前を通りかかる可能性がある。いっぽう郊外の店舗は頑張っても上に書いた人数である。誰でも買うような日用品を置いておかないと、いくら屋号が立派でも売れないものは売れない。
件の百貨店を経営統合しようとしている大型スーパーは、品揃えとその品質では同業他社より秀でているとの話を聞いたことがあるが、それでも百貨店を経営しようと決断するに至った背景には、単に品揃えの問題だけではない、自動車に乗った客だけを相手にしていても限界がある、ということに気がついたからではなかろうか。
さて、もう一方の雄はどうする?
こういうタイトルを付けると、マスコミの記事なら「新幹線けしからん」という話が続くのだが、そういう話ではない。いろんな公共事業費が近年は減らされ続けているのに、整備新幹線の事業費はあんまり変わってないということに皆さんは気づいているだろうか?
新幹線の建設費はここ数年2,200億円程度で推移している。平成18年度も国の予算ベースで約700億円、結局、建設費全体では2,265億円程度になるようである。
整備新幹線の建設費の調達方法については、大手新聞でもしばしば誤解していることがあるので、新聞の新幹線批判記事を読む際は要注意である。誤解のパターンとしては、整備新幹線を建設するとJRの負担が重くなるので第二の国鉄になるであるとか、多額の借金をするので建設してはいけないという類のものである。
いずれも基本的には誤りである。建設費の調達方法は監督官庁のサイトに説明があるように、借入金は含まれない(厳密に言うと、平成18年度は建設費の30分の1程度を借入金に頼るようである)。単年度で完結する投資である。JRの負担が重くなるような仕組みは10年くらい前の"長野行新幹線"建設までの仕組みであり、今やそんな方法はとられていない。このうち、既設新幹線譲渡収入とは、国鉄時代につくった東海道新幹線などをJRに売却して得る収入である。とはいえ、何兆円もするので最長60年の割賦販売であり、その詳細はJRの有価証券報告書の「長期債務の縮減」として記載されている。
この譲渡収入は毎年入金されるとそのまま右から左へと流して整備新幹線の毎年の建設費に充てられるわけである。ところが、整備新幹線建設プロジェクトがどこからか借金をし、その返済に譲渡収入を充てようとしている、と誤解しているのではないかと思われる新聞記事もある。確かに譲渡収入はローンの一種だが、整備新幹線プロジェクトは銀行でローンを組んでいるわけではないので、この記事の資金の流れを説明した部分は誤りである。子供に説明するなら、事実関係程度はよく理解してから記事を書くべきであろう
さて、どうしてあんまり変わらないか、であるが、マスコミなら「族議員が暗躍しているからだ」と書きそうなものであるが、そうではないと思う。そもそもプロジェクトの華々しい響きとは裏腹に、国費は700億円程度である。国土交通省予算総額6兆円余りのうちの1%強しかなく、私がもし何かの族議員ならもっと額の多い項目をねらうだろう。公共事業費としては額の絶対値そのものが非常に小さいのである。新聞やテレビが「新幹線予算○○%増」などと報じていても、そもそも割り算の分母が小さいのである。まぁ、彼らはそれを知りながらセンセーショナルに書いて記事を売るのが商売なのだが、読む方は新幹線に限らず気をつける必要がある。それから、今の新幹線の建設資金調達方法は、道路公団改革のお手本になるほどであり、借金を増やさずに整備を進める方法として優れている。この辺が削減の例外扱いの原因ではないかと思う。
今のところ、国策として新幹線を環境対策として位置づけてはいないが、新幹線は環境対策としても有効である。これについては、また、気が向いたら書くことにしよう。
初っぱなから法律の話で恐縮だが、まちづくりに関する法律が改正されるそうだ。郊外の大型ショッピングセンター(例えば運営している会社としては、こういう会社とか、こういう会社が有名どころ)の出店を規制して、中心市街地の活性化を後押ししようとするもののようだ。
この背景としては、中心市街地がさびれてきているということのほか、移動のエネルギー面の問題も大きい。
自家用車は、最近は大型のものも多いが、セダンタイプだと5人乗りである。でも、5人満員で走っている自家用車は少ない。たいていは1〜2人しか乗っていない。乗車効率20〜40%である。しかも、1リットルのガソリンで走れるのは数キロ〜十数キロである。自動車はゴムタイヤと路面の摩擦力で走っており、定速走行時でも転がり摩擦でエネルギーが失われ続ける。自動車のギアを「N」に入れてもすぐに速度が落ちてしまうのは、空気抵抗とともに摩擦のためである。
ちなみに、鉄道は鉄の車輪が鉄のレールの上を転がるので、摩擦が小さい。摩擦が小さいので、加速も減速も自動車よりマイルドである。しかも坂道に弱く、すべってしまう。今まではこの弱点を克服するものが自動車を含むタイヤ式の交通システムだとされてきた。だが、エネルギー効率のことがクローズアップされてきた昨今では、逆に摩擦が小さいことがメリットになってきている。
鉄の車輪とレールでは車輪が転がるときの摩擦も小さい。電車は駅を出発する時にモーターに通電するが、いったん速度が出るとスイッチを切ってしまっている。摩擦が小さいので、あとは惰性で走る。最新式の電車はさらに優れていることに、次の駅に止まる際にはモーターを発電機代わりにして走行のエネルギーを電気に戻して回収している。そんなわけで、新幹線のような300km/hで走行するような電車でも、自動車よりもはるかに効率的な交通機関になっている。
自家用車に頼り切った社会のエネルギー効率が悪いのはこれだけではない。自動車に頼った社会では、人間の生身に加わる移動の苦痛が少なくなるので、ついつい車を走らせてしまう。都市がスカスカで間延びしてしまい、移動距離そのものが長くなってしまうのである。結局、燃料の効率が悪い上に移動距離が長くなるので、燃料消費の絶対量が増えてしまう。自動車会社が頑張って燃費を倍の効率にしても、移動距離が倍になれば帳消しである。
右の写真は米国西海岸のシアトル中心部を写したものであるが、中心部は高層ビルが建ち並んでいるものの、手前の方はスカスカでほとんど駐車場と道路である。中心部からは歩いて10〜20分ほどで到達できる程度の距離である。
さて、背景はともかく、郊外店舗の規制をして中心市街に人が戻るかという点であるが、大手経済系新聞の社説が指摘するところにあるように、郊外店舗の隆盛は交通に便利だったからである。モータリゼーションの進展に合わせて、郊外にせっせと行政が道路整備を行った結果、郊外が便利になったのである。逆に、中心市街地は最近になってようやく都市再生という掛け声が聞こえてきたものの、十分な整備もなされずに長年放置されてきたとも言えるのかもしれない。
件の新聞の社説では中心市街が都市の構造変化に対応する努力を怠ったと論じているが、いささかそれはかわいそうである。交通インフラの整備条件が実は中心市街の方が不利だったかもしれない上、郊外のショッピングセンターはあちこちから資本を集めてきた大手である。大手スーパーが郊外へ逃げ出してしまった今となっては、中心市街の商店はパパママストアからせいぜい地元中堅企業であり、資本もノウハウもインフラも違う上、意思決定の主体もバラバラである。
自治体や商店主ももっと力を注ぐべきことは確かだが、力を注ぐだけでは郊外店舗には勝てない。「竹槍を持て!」では勝てない。資本もノウハウもインフラも違うのだ。このまま郊外店舗を規制しても、ロードサイドショップが無くなるわけではないので、中心市街地の状況は大きくは変わらないだろう。必要なのは、資本とノウハウとインフラである。
幸か不幸か、規制によってこれまでとは違ったビジネスのスタイルを探さなければならない企業が出てくるが、こういった企業には資本を集める力と人々が楽しく買い物ができるノウハウが詰まっているかもしれない。そういう資本とノウハウを商店街に投入するという新ビジネスを始めることはできませんか? 単に核店舗を出店するだけじゃないですよ、トータルコーディネイトですよ > 岡田さん、鈴木さん
(その後、このうち1社は百貨店経営することになったようであるが、日本の百貨店の多くは公共交通依存型の集客構造である。百貨店と公共交通の関係については、いずれ書くことにしよう。)
それから、インフラについては、少ないエネルギーで都市の中心に集まってこられるような交通ネットワーク整備&都市施設配置が必要ですよね? > 自治体の皆さん
追伸:
Webmasterがお忙しくなってしまったのか基本的に休止となってしまいましたが、今なおその膨大な内容をネットで参照できるよう維持してらっしゃるWebサイトに敬意を表します。