日本最短の地下鉄に乗り入れる名鉄小牧線の小牧駅には、ピーチライナーという愛称の新交通システムが乗り入れていた。小牧駅から桃花台東駅まで7.4km、運賃250円也であった。”あった”と書いたのは、残念ながら今年の9月末限りで営業を終えてしまったからである。1991年春の開通であるから、わずか15年半の短い命であった。
この新交通システム、バス程度の大きさの箱を4つつなげた列車で、高架の軌道線上をトコトコと走る。経費を節約するためか、運転席が編成の片側にしかない。そんなわけで、終点まで来るとループ線をぐるりとまわって向きを変える。最近の新交通システムは自動運転のものが多いが、ピーチライナーはヒューマンコントロールのもとに運転されていた。別名、手動運転とも言う。
写真のように、車内は人影まばらである。じゃぁ、沿線に人家がないかというと、そうでもない。やや密度は低めだが、それなりにはある。終点は、予定どおりに人口が増えなかったとはいえ、いちおう、ニュータウンである。それにしても客が少ない。だから廃線になるわけか。。。
原因はいろいろありそうである。新交通システムは、道路の一部という位置づけなので、道路として整備される。つまり値段の半分ほども占めている例のガソリン税が投入される。なので、鉄道の類としてはつくりやすい。しかし、必ず道路が並行することになるので、必ず商売敵がいるということでもある。
このわかりにくく、実際に不便なダイヤも一因だろう。昼間は毎時3本だが、間隔がバラバラである。接続されている名鉄小牧線の都心方向からの到着時刻が、毎時03分、18分、33分、48分なのに対し、ピーチライナーは毎時22分、38分、58分なので、接続状況を知らずにやってくると待ち時間は19分、4分、5分、10分とこれまたバラバラである。均等20分ごとの発車よりは待ち時間を短くしながら、しかも小牧駅発をほぼ均等にするという苦肉の策に見えるが、つらいなぁ〜
鉄道線はフィーダー路線という接続される支線やバス路線が客の数に影響することが多いが、それもあんまり多くは無さそうである。この循環バスは、よく見ると1日8便、昼間は3時間に1回くらいしかやってこないので、あんまり当てになりそうにない。
メインの桃花台のニュータウンは、中央自動車道が貫通しており、高速バスの停留所もある。
右下のような乗り換えの案内看板も存在するが、書かれているのは名古屋までの高速バス路線とJR高蔵寺駅までの路線バスである。”ピーチライナー→名鉄小牧線→地下鉄上飯田線→環状地下鉄名城線”という経路をたどらなければ都心に出られないピーチライナーと、乗り換え無しの高速バス、終点でJR線に接続する路線バスでは、もはやフィーダー路線ではなく単なるコンペティタ(競争相手)である。こういう構図になったのは最近で、2003年までは、”ピーチライナー→名鉄小牧線→バスか徒歩→地下鉄”であった。勝負がどうついたか、今となっては解説するまでもない。
地元では、JR高蔵寺駅までの延伸を早くしておけば良かったのにという声も聞かれる。上の方のループ線の写真の中央部は、そのための延伸線が整備されるはずであった。だが、そうはならなかった。
当初の需要予測の誤りを指摘する声もあるようだが、それ以前に、各交通システムの役割分担がさっぱり考えられていなかったようにも思われてくる。
さようなら、ピーチライナー。
(追伸)高架軌道がもったいないので、ガイドウェイバスが走れないかな、などと考えてしまうのは私だけだろうか。
(追伸2)国土交通省が、そんな短期間で営業を終えるなら、出した補助金返せと言ってるらしいが、そんな短期間で営業を終えるような路線に補助金を出した側にも責任あるだろ。
環状地下鉄名城線の平安通駅で、”上飯田線”というナゾの地下鉄と接続する。やってくる電車は、ほとんどが名鉄の新しい電車である。昼間はきっちり15分ごとに走っている。
この地下鉄、やたらと短い。始点の平安通駅の次の駅、上飯田までの1駅間、800mだけが地下鉄で、そこから先は名鉄である。神戸高速鉄道の神戸電鉄の乗入れ部分はさらに短いが、神戸高速鉄道は地下鉄というよりは私鉄に分類するようなのでこっちが最短かもしれない。地下線はさらにその先も続くが、上飯田の次の味鋺(あじわん、ではありません。あじま。)までには地上に出てくる。2003年の春に開業したようである。それまでの名鉄の終点は地上の上飯田駅であり、名古屋市内の地下鉄ネットワークとは少しだけ離れていた。かつては市電で連絡されていたようである。
境界の上飯田駅には、ご丁寧に味鋺方に引き上げ線もあり、名古屋市交通局線だけの折り返し運転にも対応しているようである。
この短い地下鉄線は、どうやらATC(=自動列車制御装置)という自動ブレーキ装置が設置されているようで、電車の運転席には、「名鉄線内ATS(=自動列車停止装置)使用中」、地下線に入る直前の味鋺駅には「ATC確認」という看板がある。私鉄のATSは昔から国鉄の同じ名前の装置に比べて高性能なものが使用されており、そのまま地下線走行している区間も多い。つまり、どうやら市営交通区間がATCなので、それにあわせたということのようである。もちろん、ATCの方が高性能なのだが、ご苦労なことである。
この地下鉄上飯田線であるが、平安通ではなくて隣の大曽根に接続するか、もうちょっと延ばして名鉄瀬戸線に乗り入れて都心の栄町駅に乗り入れすればれば良かったのにと思ってしまうが、どうやら将来的には地下鉄線としてさらに都心まで建設される計画のようである。1駅間しかないのも、折り返し設備を備えているのも、わざわざ高価な保安装置を積んでいるのも、それに備えての先行投資ということのようである。地下鉄工事は出戻り工事をしにくいので、致し方なし、か。
Webmasterは大阪近郊線マイナー通勤路線のJR片町線利用者である。いつものように大学前のバス停を21時59分に出る近鉄バス最終便に乗って帰宅していた。この日のバスは、何故か妙に急いでいる。そんなに急いだら早発になってしまって、途中のバス停に客がいたら困るんじゃないかと思うほど急いでいる。乗務員が小便我慢して漏れそうになっているんじゃないかと思うほど急いでいる。
・・・と思っていたら、案の定、たぶんちょっと早めに四条畷駅に着いてしまった。おっ、予定より1つ前の電車がまだ停まっているのが見える。走れば間に合うかも。でも走ると暑いし、歩いていこうかな・・・・ホームに着いても、まだ停まっている。何かおかしい。22時10分。定刻は22時07分のはずである。
「ただいま、河内磐船駅付近で人身事故が発生しましたので、運転を見合わせています。復旧には相当時間がかかる見込みです。」ざわざわざわ。電車の中のお客が半分ほど降りて、そのまま改札に向かう。どうやら電車で帰るのをあきらめた人が多いようである。Webmasterは電車をあきらめて簡単に帰れる距離でもないので、復旧を待つことにする。その前にトイレとお茶の購入。
普段ならこの時間の各駅停車は座席が埋まって、立ち客もそこそこの混み具合であるが、車内はガラガラ。とにかく座って、ポケットラジオでも聞きながら待つことにする。
待つこと30分。いっこうに動く気配無し。復旧は23時頃の見通しとの車内放送である。この時間帯は大阪都心方向から数分ごとに電車が到着するので、とうとう四条畷の4つの線路は全部電車で埋まった。降ろされた客がWebmasterの乗っている電車のいるホームにやってくるので、徐々に車内もホームも人が増えてくる。どうやらWebmasterの乗っている電車以外はすべて、定時の電車として四条畷駅で折り返しているようである。混乱時の対応としては、教科書的対応であり、○である。
さらに待つこと30分。23時をまわった。いっこうに動く気配無し。復旧は23時半頃との車内放送が入る。車内のあちこちから、ため息が聞こえてくる。運転が打ち切られた電車から降ろされた客は、車内とホームにあふれかえり、ラッシュアワーのようになってきた。折り返し電車も警笛を鳴らしながら、一旦停止しながら、ゆっくりとホームに入ってくる。
さらに待つこと30分。23時半をまわった。事故を起こした電車が、運転再開のための準備を始めたとのこと。1時間半で10本以上の電車が到着したのに、1本も出発していない。ホームも電車も寿司詰め、箱寿司のようになっている。もう、席から立ち上がれないほど混んでいる。
結局、電車が運転再開したのは23時50分。実に100分あまりかかった。当然、乗り切れなくて積み残している。これだけ客が多いと、所定ダイヤと比べてどうこうというレベルではない。松井山手行きだったが臨時に京田辺駅まで行くという。後続の列車も臨時に木津行きになったそうである。
100分遅れの各駅停車京田辺行きは、駅ごとに大量に客を降ろしてゆく。だが、車内は混雑したままである。フルサイズの電車というのは、こういう場合には相当詰め込みがきくということがわかる。自宅最寄り駅でも大量に降りたが、そのあとも、電車は相当の立ち客を乗せたまま走っていった。
おなかすたねぇ。もう、日付が変わっちゃったよぉ。
(追記)河内磐船駅を出てすぐの踏切のところに、人が寝ていたそうである。そのまま事故。復旧に時間がかかったのは、深夜、真っ暗な中、ご遺体を探し出して完全にそろえるのに時間がかかったからだそうである。以上、ご近所情報。
部屋の模様替え中である。これまでは、部屋の中央に書棚を置いていたのだが、そのままでは地震時に危ないという。
管財課という学内の施設管理をしている部門の人が専門業者を連れて以前チェックに来たことがあるが、詳細チェックする以前に「あのぉ・・・これ・・・地震が来たら死にますよ・・・」と言われてしまった。つまり、壁にもどこにも固定されてない、部屋の中央に置かれた書棚など言語道断らしい。
かといって書棚を捨てるわけにもいかないので、上下2段になっているものをバラして、両方とも床面に置くことにした。これなら地震が来ても転倒しない。同時に、机を各種書棚類から離れた場所に移動させることにした。
書棚や机を動かすには、いったん荷物を箱などに入れて、机や書庫などを廊下に出して、掃除をして、順に入れてゆくのが王道である。
しかし、である。この部屋には、ややこしい書類が多く、しかも日々いろんな作業をしないといけないので、書類を箱にしまうわけにはいけない。そうすると、書棚が空にならない。なので、書棚が動かせない。ということは模様替えできない。
それでは困るので、まず移動対象ではない書棚を1か所、空にする。そこに移動対象にした書棚から荷物を移す。移して空になった書棚を動かす。動かしたあとの書棚に、別の移動対象の書棚の荷物を入れ替える。・・・・そうして全体の移動を完了させる。荷造り不要、仕事を止める必要もない。
が、しかし、である。書くは簡単だが、実際には大変なことになる。倉庫番というパズルゲームが昔あったが、それに近い。仕事は何とか確かにできるが、大混乱である。結構、期間も長引く。ふぅ〜。
鉄道の高架工事や橋の架け替え工事など、毎日乗っている電車からその進捗具合を観察していると、「どうしてこんなに時間がかかっているんだろう」と思うことがあるが、これは電車を走らせながら工事をするからである。
真っ新な大地に線路を敷くのはさほど難しくはないが、既に出来上がった都市に線路を割り込ませるように敷くのは難しい。ましてや、既に走っている電車の線路を、高架にしたり地下にしたりするのは、もっと難しい。プラレールの線路をえいやと引きはがして組み替えるのとはわけが違う。
今回の近鉄バスは、近鉄は近鉄でも「近江鉄道」バスである。
学会のスタッフで滋賀県の草津市内にある立命館大学のびわこ草津キャンパスに行ってきた。最寄り駅はJR南草津駅で、そこからバスで少々。運賃220円也。
ところが、帰りのバスである。JR南草津駅行きに乗ったのだが、あともう一つという「野路」という停留所で大半が降りる。終点の一つ手前のナゾのバス停については、以前書いたけれども、今回は秘密のバス停ではなくて、本物のバス停である。
そのナゾのバス停を出て、終点JR南草津駅に着く直前にナゾは明らかになった。運賃表がそれまで170円を示していたものが、一気に220円に跳ね上がった。しかもソバの歩道を見ていると、さっき降りた一団が歩いているではないか。やられた。
終点で降りると、一団はwebmasterよりも先を歩いている。ホームに降りてからさらにもう一発。目の前を電車が出て行くではないか・・・トホホ。
毎日使っている人は、いつ値段が跳ね上がるかだけでなく、電車の時間も頭に入れて行動していたのである。通勤通学行動は高度に最適化されていることを思い知らされた日であった。授業料50円也。
左の写真は、通勤途上の駅で見かけたポスターである。大きく「列車を選ぶ人は、あなたと向き合いたい人です」と書いてあり、下には小さく「日本の旅は列車です」とある。ん〜、秋の行楽シーズン近し。
ん? 楽しそうでいい写真なんだが、ちと待てよ。微妙に違和感がある。実際に列車に乗ると、今や向き合えるシートは少ない。みんな一方向を向いている。快速電車ですらそういう傾向になってきている。いや、ローカル線といえども、ギリギリ最低限の車両数で運行されているので、着席すら難しいケースが多い。
そして、何よりも違和感があるのは、どの写真も優雅に飲み食いをしているということだ。ここにも、ここにも、ここにも、ここにも、ここにも書いたように、ごく一部の列車を除いて日本の鉄道には心休まる共食サービスはおこなわれていない。
さらに、山陽新幹線以降の新幹線はモグラのようで車窓の楽しみも半分くらいである。
楽しく向き合って食事をしながら車窓を楽しむというスタイルは、このポスターの中には存在している。だが、現実にそういう列車を利用できる機会は非常に少ない。日本の列車は、優れた輸送機関ではあるが、優れた生活空間ではない。なんだか寂しいよね。
ネットワーク(網の目状のつながり)上の距離を表す方法として、「ハトコ」という人を直接知っている人を「1ハトコ」と表すと、新滋賀県知事はどうやら「2ハトコ」の距離にあるらしいことは以前述べた。先日、日出ずる国の公共放送の関西ローカル番組で、例のもったいない論争に関する番組が流れていた。司会は若手アナウンサー(大津放送局?)、知事は県庁からの中継画面での参加であった。
で、それがネットワーク上の距離と何の関係があるかというと、この若手アナウンサーはおそらく「1ハトコ」の距離にあるのではないかということである。もしかしたらwebmasterのことを忘れているかもしれないが、おそらくwebmasterは彼から「1カンズイ」の距離ではないかと思う。機会があれば本人に直接確かめたいところだが、まぁ、確かめたところで何がどうなるわけでもないので、たまたまどこかで出会ったらそうすることにする。
そうすると、嘉田知事はwebmasterから「2ハトコ」、webmasterは若手アナウンサーから「1カンズイ」の距離なので、結局、知事はこのアナウンサーから「3カンズイ」の距離にあったことになる。だからどうかって? それだけの話である。(再び頭の中に、ネズミーランドの某有名アトラクションのテーマソングが流れ始めた・・・眠い)
さて、番組内容はこのテーマ(ネットワーク上の距離の話じゃなくて、駅の話)に関する論点をまとめて、参考事例や知事や地元市長を含めた関係者の意見を紹介するというオーソドックスな構成であったが、見ていてわかったことは、新幹線駅の効果予測を知事が信用していない、という点である。
まぁ、これはある程度無理もないことである。特にここ20年くらい、大規模プロジェクト実施にあたっての効果予測は過大なものが多く、プロジェクトの効果予測の数値の信頼性は、少なくとも専門家でない人にとっては地に落ちていると言っても過言ではない。Webmasterは栗東新駅の効果予測については、見たこともないので何とも言えないが、周辺の人口密度や産業立地状況なら、往復75百人の利用客数というのは倍半分の範囲には入ってるんじゃないかという山勘である。もし入ってれば、小規模な県庁所在都市の中央駅クラスの客はありそうな感じである。
予測値の是非はともかく、番組によると、知事は近々、具体的な反論をするそうである。・・・が、ここでちょっと不安がよぎる。スタッフを動員して具体的反論を準備しているとのことなので、何らかの数字が出てくるのではないかと想像するが、もしそういう方法で反論すると、推進派はきっと「その数値の算出には誤りがある。信用できない。」と言うのでは無かろうか。大水[おほみ]の国の水掛け論勃発の予感である。
「数字には数字を」では、おそらく冷静に眺めている県民にはどちらの主張が正しいのか判断つかないだろう。そうすると、知事在任中は、水掛け論が進行し、事実上凍結ということになるんだろうか。とすると、やっぱり知事の勝ち?
結局、大規模プロジェクトというのは「数字」を控えめに計算して最低限の線をクリアするということを示しておき、あとは理念で共感を得て合意に至るというのがいい方法なのかもしれないけど、さて、この件どうなることか。まぁ、最終的に決めるのは滋賀県民なんだけどね。
こういうタイトルにすると、怪しい雰囲気プンプンであるが、地下鉄の話である。
久しぶりに名古屋の地下鉄に乗ろうとしたら、路線図の雰囲気がずいぶん以前と変わっている。かつては東西方向に3本の路線、南北には名城線があり、名城線は名古屋港方面と新瑞橋方面との二方向に分岐する形態だったと思う。名城線の反対側の終点はガイドウェイバスの発着する大曽根か砂田橋あたりだったかな。
ところが、左の路線図、紫色の名城線がぐるりと輪を描いている。1周46分のようである。大阪環状線より時間がかかり、山手線よりは時間がかからない。新しくできた区間は名古屋大学のあたりを通る。そういえば、数年前、写真のように何やら工事をしていたが地下鉄の入り口だったわけか。
東京の山手線は、東京、品川、渋谷、新宿、池袋、秋葉原などの都内の拠点を結んでいる。大阪の環状線も、梅田、京橋、天王寺などを結んでいる。名古屋の地下環状線は一見、輪っかの中心がやや東にずれているが・・・・南東側の玄関の金山から北へ、繁華街に近い矢場町・栄・市役所、北の玄関の大曽根、ナゴヤドームをとおって文教地区の名古屋大学・八事などを通って元に戻る。
名古屋駅こそ通っていないが、なかなか要所は押さえている環状線だ。今後、輪っかの東側の沿線の風景がだんだんと変わってくるのだろうか。先日書いた環状線が実現すれば、名古屋は中心のずれた二つの環状線のある都市になる(東京はほぼ同心円かな・・・)。
ケーブルカーを降りたら、次は約50分間のバス乗車である。山の斜面をつづら折りの道路が登ってゆく。早春に訪れれば左右とも雪の壁になる区間である。
この区間の「高原バス」には平成10年度以降、ハイブリッド仕様のバスが使用されているようである。結構な値段がするようだが、場所が場所だけに、環境対策は重要である。確か内燃エンジンというのはある程度の回転数がないと効率が悪く、特にディーゼルの場合はいろんな有害物質が出てくる。ハイブリッド車は、低回転時には電気モーターを補助として使ってエンジンの負荷を小さくし、速度が上がって効率の良いレンジで内燃エンジンをまわすというものだったと思う。電気モーターは逆に低回転時の方がトルクが強いので補助動力には適している。減速時には電気モータを発電機として使用し、走行エネルギーを電気に戻して電池に蓄える。
とすると、ハイブリッド車の得意とする走行方法は、都市内走行のようなストップ&ゴーを繰り返すような走り方である。確かに高原バスは急カーブで速度を落とすが、それよりも何よりも、基本的には約50分間、ほぼ登りっぱなしである(逆は下りっぱなし)。かのプリウスも(最近のは多少改良されたようであるが)、初期バージョンの車は、長い上り坂では「亀マーク」がメータパネルに表示されたのではなかったかと思う。
つまり、ハイブリッド車としての効果を上げているのは、ふもと側の停留所を出発したしばらくの間だけで、あとは単なるバスとして登ってるんじゃないかと推測する・・・・が、真実はいかに??
景観の問題がなければ、電気式のトロリーバスがいいのだが、日本指折りの景勝地で電線&電柱はいただけない。かといって、他に適当な輸送機関があるわけではないので、今のところは最善を尽くしている、ということではないかと思う。燃料電池式のバスでも実用化されれば、さらに改善されるのだろうか。
なお、この高原バスの走る美女平-室堂間の道路だが、環境に劣悪な自家用車は進入禁止である。観光バスの乗り入れは認められてはいるが、通行料が1台あたり数万円するようなので、わざわざ乗り入れるバスはそう多くはないようである。
ようやく見つけた東海交通事業の勝川駅から、1両のディーゼルカーに終点まで乗ってみた。乗る前の予想では愛知環状鉄道のように、複線用の構造物に単線の軌道が敷かれ、所々で対向列車と交換するのだろうと思っていたが、違った。
何これ? まるで北海道の幹線鉄道である。全線高架構造で緩やかなカーブと勾配。非電化だが終端の駅を除き、完全に複線。列車が少ないので、信号機もほとんど無い。駅間も長いので、ローカル線にありがちな「対向待ちばかりで、なかなか前に進まない」のとは、わけが違う。快走。
全線乗り通した物好きな客は私くらいのようであったが、特定の区間だけ混むということもなく、区間利用客もあり、まぁ、1両なら十分なくらいの客は常に乗っている。どうして、こんな生殺しで走らせてるんだ?? 東名阪自動車道とほぼ並行しており(写真)、沿線人口は十分にありそうである。荒野のローカル線ではない。
もともと貨物線主体の路線のようなので、途中駅は他路線との接続が悪く、大都市の環状方向の鉄道としては今ひとつである。しかし、中央線や東海道線の支線、あるいは名古屋駅から延びる都市鉄道としてこの路線を見ると、乗り継ぎさえ解決すれば(例えば直通運転すれば)、地下鉄と十分張りあえると思う。他路線との接続が悪いということは、同じ客を取り合わなくても済むということでもある。
んん? 名古屋-(東海道線)-枇杷島-(城北線)-勝川-(中央線)-金山-名古屋、こう結べば環状線になるではないか。一周30キロあまり。大阪環状線で約20キロ、山手線で35キロなので、そこそこのサイズである。
なんだかもったいない使い方をしているインフラのように見える。もったいない、もったいない。あぁ、もったいない。
近鉄バス30系統、40系統は、なぜか、毎月1日は混む。お年寄りのお客が多くなるのである。
運転手への質問も多くなる。「このバスは石切神社へ行きますか?」「石切神社までいくらですか?」 石切神社は、お百度を踏んで願をかける神社で有名である。
答えは「行きます」「270円です」が正解。乗務員と間違われて何度か聞かれたことがある。
毎月1日は、月首祭という祭事があるようである。さほどのナゾでは無さそうである。
かつて宅配便というものがなかった頃、荷物を送るには郵便局から小包として送るか、あるいは木箱を荒縄で縛って荷札をつけて、駅の荷物受付窓口に差し出すという方法をとっていたと思う。子供の頃、ミカンを詰めた木箱を駅の出札窓口の隣にある低いカウンタに差し出しに行くのについていった記憶がある。
駅に差し出された荷物は、日に何本かあった機関車が引っ張る旅客列車の後ろの方にくっついていた荷物車で運ばれたか、あるいは駅の側線に留められていた黒い貨車に積み込まれて運ばれたのだと思うが、どちらであったかは定かでない。おそらく、小口の荷物は前者による方法だったろうと思う。機関車が引っ張る列車以外にも、荷物室のついたディーゼルカーの列車や、一般の客室の一部を横断幕のようなもので囲って荷物室のようにしていた列車もあったように思う。
さて、アルペンルート旅行の最初の乗り物はケーブルカーだった。約10年前に訪れた際の写真を見ると、左のような車両であったが、今回やってきたのは右のような車両だった。車両がリニューアルされている。と、同時に何やら妙なものがくっついていることに気がつく。
荷台である。このケーブルカーは客だけでなく、荷物を運ぶことができるようになっている。客貨両用の鉄道を見るのは久しぶりである。国鉄からJRに変わる頃に郵便車が鉄道から消えて以来、ほとんど見たことがない。荷物類も鉄道で運んだ方が環境にやさしいはずだが、本格的に鉄道輸送している運輸業者は、日本郵政公社を含めて、残念ながらあまり多くない。(のぞくJR貨物などの貨物鉄道会社)
運ぼうと思えば、このケーブルカーと並行して道路が整備されているので、トラック輸送もできる。だが、アルペンルートは環境対応を意識せざるを得ないお土地柄であるので、わずかな区間だが荷物を運べるようにケーブルカーも対応しているのであろう。
アルペンルート以外では、いろんな理由で鉄道による荷物・貨物輸送は敬遠されているが、もっと真剣に検討してもいい頃だと思う。
名古屋にはナゾの貨物線ネットワークがたくさんある。中央本線勝川駅というところから、東海交通事業城北線という路線が枝分かれしているように見える。少なくとも地図上はそうである。このナゾの路線を訪れてみた。
勝川駅は現在、高架工事中のようである。お盆明け現在、間もなく塩尻方向が高架に上げられそうな状況まで来ているように見える。
駅の改札を抜けて、城北線はどこかなと考えている最中に目にした地図がこれである。遠い。しかも、ややこしそうである。迷うこと約10分。ようやくたどり着いたそれらしき入口がこれであるが、ほんとに駅か?? 階段を上がり、さらに数十メートル高架上を歩き、ようやくホームがあった。
出発時刻を確認・・・・少ない。閑散ローカル線なみ。概ね1時間に1本である。これはひどい。1両きりの列車に乗ってJR勝川駅方向を見ると、JRも高架、こちらも高架なので、つなげるつもりだろうか。撮った写真をよく見ると・・・つながらない。城北線の高架の方がわずかに低く、しかもJRの高架側は城北線側の桁を受ける構造にはなっていないようである(左の2枚の写真のうち、右側は城北線側からJRの高架を撮ったもの)。敢えて言えば、JRの高架の下をくぐることはできそうだが、こんな短距離で果たしてそれができるのだろうか???
さらに、JRの高架の完成予想図が右の写真であるが、JR高架完成後も城北線は今のままのようである。よく見るとJRの下をくぐってJR勝川駅のホームには入れそうにも見えるが、この図では線路はつながっていない。
もともと城北線は瀬戸線という名前で建設されていた貨物列車が都心を迂回するための環状線というか、バイパス線である。勝川駅に乗り入れれば当初構想どおりなのだろうが、この図のままではナゾである。どうするんだろうか???
立山黒部アルペンルートというのは、日本海側富山県の立山の麓から、ケーブルカー、高原バス、トンネルバス、ロープウェイ、地下ケーブルカーを乗り継いで、「プロジェクトX」で有名な黒部第四ダムに至り、さらに地下トロリーバスを経て長野県の大町に至る一連の観光ルートである。今年でこのルートができてから35年になるそうだ。
Webmasterはここを訪れるのは3度目である。2度目は富山側から途中まで行って引き返したので、全コース通して訪れたのは2度目である。最初に訪れたのは実に31年前であった。
最初に訪れた際は、和歌山発着の日本国有鉄道企画のツアーで、添乗員は確か紀三井寺駅の駅員であった。初日は高原バスの途中まで、2日目にアルペンルートを長野側に抜け、3日目に帰ってくるというものであった。往路の特急雷鳥号が米原経由であったと書けば、マニアックな方にはだいたいの行程が想像いただけるのではないかと思う。
ところが今回のツアーは、1泊2日のバスツアーである。発着地が名古屋という違いはあるが、初日の昼には立山に着き、そのままアルペンルートを長野側に抜けて宿泊。最後の地下トロリーバスは最終便である。2日目は長野側から糸魚川経由で富山側に戻り、今度は黒部川沿いのトロッコ電車で往復し、その日のうちに名古屋まで帰ってくるという。30年前は、アルペンルートとトロッコ電車両方に行くツアーは、3泊ぐらいしていたと思う。30年前には考えられないような強行軍であるが、これも北陸自動車道や国道バイパスの整備がなせる技であろう。
さて、ツアーの朝、集合場所である名古屋駅西口(新幹線口)に行くと、写真のような具合である。こんな西口は初めて見たが、かつては笹島の貨物駅跡地がこんな感じだったっけなぁ。噴水前でツアコンのお兄さんを見つけ、バスの停まってる場所を教えてもらって、出発進行。朝7時過ぎのことである。
ところで、自動車はエネルギー効率があまり良くない乗り物であるが、貸し切りのツアーバスは別物である。二酸化炭素の排出量のグラフを見ると、自家用車が45グラム/人キロに対し、鉄道が5グラム/人キロ、新幹線が5グラム/人キロ、路面電車で9グラム/人キロである。じゃぁ、バスはというと、乗合バスつまり普通の路線バスは19グラム/人キロで、自家用車よりはマシだが今一歩という感じであるのに対し、貸し切りバスは8グラム/人キロである。鉄軌道なみ。
種類 | g-C/人キロ | 種類 | g-C/人キロ |
---|---|---|---|
自家用車 | 45 | 乗合バス | 19 |
貸切バス | 8 | フェリー | 24 |
航空 | 30 | 鉄道 | 5 |
新幹線 | 6 | 地下鉄 | 3 |
路面電車 | 9 | 新交通システム | 7 |
貸切バスは、バスいっぱいに乗客を詰め込み、しかも無駄な動きがないので、エコな旅行方法のようである。これなら「Railway」でなくてもOKである。
1年前の愛知万博は、皆さん訪れられたであろうか? Webmasterは、そのうち行こうと思っていたが、気がついたら終わってた。
愛知万博の会場へは、名古屋駅から中央線高蔵寺駅を経由して、愛知環状鉄道八草駅まで鉄道利用という方法があった。この愛知環状鉄道であるが、もともと国鉄岡多線である。厳密には、岡崎から豊田までが岡多線、豊田から高蔵寺までは国鉄から切り離された後に新設された線路である。国鉄岡多線は「岡」と「多」が含まれることからわかるように、岡崎と多治見を結ぶ計画であった。
現在、第3セクターによる経営であるが、赤字の事業者が多いなか、この愛知環状鉄道は黒字である。そう、経営の足を引っ張っていないのである。第3セクター鉄道は、多くの場合、国鉄を民営化する時期の前後に、経営が思わしくない路線をJRネットワークから切り離したものである。岡多線もその一つであるが、何故か黒字である。
その原因は人口密度が比較的大きい地域を通過していることが挙げられているが、うまいことやれば(中央線高蔵寺への接続や、そのための整備費用の処理など)黒字化できた路線であったということである。要はやる気の問題か。皮肉なことに、最近は名古屋駅から中央線経由で直通列車が走る。
この岡多線、岡崎から瀬戸経由で多治見が基本だが、瀬戸から名古屋を遠巻きにして反時計回りに稲沢に至る路線の計画もあったようである。東京で言えば、武蔵野線のような計画である。おそらく名古屋都心を迂回する貨物主体の路線を想定していたのではないかと思われる。インフラも廃止されそうなローカル旅客輸送を想定したものではなく、写真のように立派な複線規格で建設されており、線路さえ敷けばいつでも複線化できそうである。
この路線も高度経済成長期の時代の遺物の再活用のようなものであるが、沿線には名だたる大工場が並んでおり、その気になれば鉄道貨物利用はいつでも可能であろう。道路上でトラックを並ばせて時間厳守をはかるくらいなら、鉄路利用の正確な納品という選択もあると思われるが、地球号を大事にしているのはテレビだけのポーズなのだろうか。
(追記)9/7の新聞記事によると、名古屋南貨物駅から盛岡まで部品などを運ぶトヨタ専用貨物列車が11月から運行されることになったらしい。内航海運からの切り替えのようであり、CO2排出削減に確かに役立っている。だが、トラック輸送から切り替えたわけではないようである。
大阪近郊線であるにもかかわらず、JR片町線の混乱時復旧は比較的優先順位が低いのではないかと思うことがしばしばある。
昨夜(これを書いているのは8/25である)もまたまた駅のホームで30分ほど待たされた。何でも、尼崎駅の構内に人が侵入したとかで電車が止まったそうである。片町線が片町で終点だった頃には尼崎などという場所の影響は及ぶはずもなかったが、今や遠くの混乱が波及するようになってしまった。アーバンネットワークは人も運べばダイヤの乱れも運ぶ。
人が侵入したのは21時半頃で、22時15分には運転再開したようだが電車が全く来ない。近鉄バス41号系統のような臨機応変な対応はできないようで、客はホームで待つしかないようだ。
22時21分発木津方面行き快速電車が22時半現在、まだ来ていない。構内放送では、まだ京橋駅すら出発していないとのこと。待つこと約30分。やっと来たが、強烈に混んでいる。まるで朝の都心方面行きピーク時の京橋到着直前のような状態である(片町線はマイナー路線だが、朝の京橋到着直前の混み具合はかなりのものである。ずいぶん前に数えてみたことがあるが、階段近くのドア付近は混雑率300%相当近い。)。そりゃぁそうだ。少なくとも快速電車3本分は乗っている。客がドアの窓にへばり付いている(写真はずいぶん前に写したものです)。遅れている公共交通機関が混んでいる原理は、以前説明したとおりである。
やり過ごそうかと思ったが、阪神淡路大震災以来、混乱時は目の前の動いている電車を信じて乗るのがベストだと思っていいるので、乗ることにした。本来は快速電車だが、四条畷から先は全駅に臨時停車するという。前回待たされたときに比べれば、ちょっと進歩である。
ところが、この「臨時各駅停車」、正常ダイヤ時の普通列車に比べると3分ほど早めに運行されているようである。23時頃なので、都心から郊外への片輸送だが、遅れて本数がすくなくなっている時こそダイヤに沿わなければ利便性の大幅な低下を招くが、そこまでは対応できていないようである。
片町線も近鉄バス41号系統のような臨機応変な対応を望みたいところだが、駅の分岐器の切り替えや信号の制御等々、大幅にコンピュータ化された昨今、臨機応変さは失われたのだろうか。