海外現地調査に基づくトランジットモールの構造が歩行者行動に与える影響の分析
研究代表者:波床正敏
研究分担者:塚本直幸・吉川耕司・伊藤雅(広島工業大学)・ペリー史子
研究期間 :平成24年度~平成27年度
課題番号等:科研費基盤(C) 24560651
1.研究開始当初の背景
環境的に持続可能な都市づくりの装置としてLRT(Light Rail Transit :次世代型路面電車)が注目され,欧米諸都市などで,路面軌道の復活,再生,拡張が進み,都市活性化へとつなげている.日本でも70都市以上でLRTの構想・計画があると言われており,自家用車の乗り入れを禁止し,LRTと歩行者だけの通行を認めるトランジットモールは,中心市街地活性化の切り札として期待されている.しかし,現状では低床式電車の導入は徐々に進行しているものの,軌道の新設は2006年の富山ライトレール開業およびその後の富山市内軌道の環状化のみであり,トランジットモールに至っては全く実現していない.
この背景としては,海外事例紹介の際,実際には必要以上に歩行者が軌道を横断することが少ないにもかかわらず,トランジットモールが電車と歩行者の混合交通であることがことさら強調され,道路管理者や交通管理者に危険な街路であるとの印象を与えてしまった可能性があると思われる.そのようなことから,実際のトランジットモールにおける歩行者交通行動を詳しく調査・分析し,定性的・定量的両面の特徴を正しく把握する必要が生じていると考えられる.
新規整備に限らず,既存軌道改良の場合ですらトランジットモールが実現しない理由としては,都市の個別事情が存在するとは思われるものの,専門書や論文等で得られたトランジットモールのイメージ,実物とは異なる条件で実現された社会実験の結果の印象などが色濃く影響していると考えられる.
しかし,トランジットモールに関する国内文献については,単にトランジットモールの定義や基本的な特徴が説明されているにすぎない.実際に訪れてみると,街路の位置や規模によって,歩行者の行動は都市によって大きく異なっており,どのような構造の街路ならば日本への導入の参考例となるかなどについてはほとんど分かっていない.
これまでのLRT整備都市への訪問経験を通じ,日本で信じられているトランジットモールの姿には主に以下の2点において誤解があると思われる.
ひとつは,必要以上に歩行者が軌道を横断することは少ないということである.多くの場合,トランジットモールは「渡ろうと思えば任意の場所で街路の向こう側へ渡れる」程度であり,好んで電車の走行空間を電車の進行方向に歩行する人はほとんど無い.日本では,トランジットモール上で電車と歩行者が渾然一体となって通行しているイメージがあるが,そのような状況は例外的である.
もう一つは,街路の状況によって,歩行者の行動が異なっているということである.日本でイメージされる電車と歩行者が渾然一体となって通行するようなトランジットモールは,確かにいくつかの都市において存在している.しかし,そのような街路には一定の条件があるように思われる.また逆に,必要以上に歩行者が軌道を横断することは少ない街路についても,一定の条件がある.
これらの着想に基づき,本研究においては,これまで訪問した都市における街路写真等の資料整理に基づく定性的な分析,定量的分析を目的とした新たな現地調査,得られたデータの分析に基づくトランジットモールにおける歩行者行動の詳細分析,その分析に基づく日本の街路へのトランジットモール導入の考察が必要であるとの考えに至った.