仕事柄,欧州等に出かけて写真を撮ってきては「ヨーロッパのバリアフリーは進んでいる」などと説明する機会が多いが,中にはイマイチなバリアフリー度のものもある.
写真はフランスのシャルルドゴール空港に乗り入れているRERという近郊鉄道の出入り口であるが,大きな荷物を持っている人が多いにもかかわらず,バリアフリー度は×である.
追記:
上の写真はB線(空港から市内まで乗るときに使う路線)だが,下の写真のD線も別の意味で「落とし穴」だったゎ.
こういう記事があった.
【パリ=本間圭一】オランダからパリに向かっていた高速鉄道「タリス」車内でモロッコ国籍の男が発砲したテロ事件を受け、英仏独など欧州9か国の内相や運輸相は29日、国境を越える路線で乗客の身分証明書や手荷物の検査を強化することで合意した。
情報源: 欧州9か国、鉄道の国際路線での検査強化で合意 : 国際 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
元々,パリ北駅のコンコースなどには仏軍の兵士が警戒していることが多く,日本には無い緊張感があった.国際便であっても気軽に乗れるのが鉄道の利便性の一つであったんだが,だんだんとそうも言ってられなくなってきたか.
どうぞ,何事もありませんように.
私が小学生の頃は,地元の紀勢本線にはディーゼル列車が走っており,朝昼夕の3往復は機関車が客車を引っ張っていた.
毎時1本が基本であり,昼の2時台は列車がなく,朝夕だけ毎時2本の時間帯があった.片道20本あまり.そういうわけで,あんまり便利な交通機関ではなかったので,並行する国道には御坊-和歌山市間に概ね毎時1本程度の南海バスが,そして白浜-和歌山市間にも急行バスが走っており,総じてバスの方が便利だった.隣町へのおでかけも,国鉄とバスとが半々といった感じであった.
その後,紀勢線には1978年に電車が走るようになり,1986年から毎時2本になり,その結果,並行するバス路線はこういう状態になった.
さらに,現在に至ってはこの4便も無くなってしまったようである.40年間の変化である.
線増工事という種類の鉄道工事がある.単線の線路を複線にしたりする工事で,高度経済成長期には全国の幹線でよく行われていたが,タイミングを逸した路線では近年まで手つかずというケースも少なくない.
この区間もそういったところであり,ようやく数年前に複線化された.といっても,必要最低限の複線化で,線路が1本になったり2本になったりといった具合である.
単線から複線になるはじめの部分.分岐器が挿入されようとしている.
小さな水路にも小さな橋梁を新設.
カーブを曲がって…
その先にある駅の線路は2線あるので,そこは活用して…
さらにその先も線路を増設して…
ここで終わり.ここからは単線
以上,2008年の夏の宇野線,つまり瀬戸大橋の北側部分.この線路に四国4県が依存しているのだが,何とも心細い.
そう言えば去年の今ごろ〜年度末にかけて,”四国に新幹線を!”とやっていたと思うが,その後はどうなったんだろう.最初は勢いよくてもなかなか継続的に活動できていないケースが多いが,どうですかね.長期戦ですよ.
新幹線のルートを決める際,新幹線の高速運転に期待して,それまでの在来線のルートよりも回り道して,新幹線の恩恵を広く渡らせようとする案がたびたび出てくる.
基本的には,そのアイデアは正しいのだが,どの程度まで許されるのか議論せずに話が進んでいるんじゃないかと思うことも多い.
かなりおおざっぱな話だが,在来線特急の速度と整備新幹線の速度は130km/h:260km/hなので,1:2である.
つまり,新幹線化するにあたって距離が元特急の2倍になった時点で所要時間が同じになってしまい,わざわざ大枚をはたいて新幹線を建設する意味を失う.
例えば,元々の特急が約95kmの道のりを55分で結んでいたとしよう.いくつか立ち寄りたい都市があるからと言って,新幹線の延長が190kmになってしまうと,所要時間がだいたい同じになってしまって,わざわざ1〜2兆円も支払って線路を作る意味が無くなってしまう.
わかるかなぁ?
わかって議論してる?
今年も行くぞ,欧州調査…と言うと,「あぁ〜いいですねぇ」などと言われることが多いが,もしも実際に同行したならば,初日の昼過ぎには別行動の提案をされること請け合いである.
調査中に横でじっと待たれても困るので,基本的には単独行動である.
今年の訪問都市はこんな感じ(天候により急遽変更の可能性あり).
さてさて,どうなるかな.
#旅の途中,自動小銃持った男が取り押さえられた国際特急タリスに乗るんだが大丈夫かな?
鉄道の貨車にタンク車というのがある.小学校の頃の放課後のお楽しみは,最寄り駅での貨車の入替作業であった.当時は駅というと旅客だけで無く貨物も扱っており,最寄り駅での最大の出荷物は石油類であった.
こういう写真のような貨車が駅構内にたむろしており,中央上部からガソリンだか灯油だかが注ぎ込まれているようであった.これよりも大きなタンク車もあり,その貨車の車輪は3軸(下の写真は2軸)だったことを覚えている.
どこまで運んでいたかは定かでは無いが,コンテナ以外の貨物列車がほぼ絶滅状態である昨今でもタンク車の貨物列車は健在で海岸部から内陸部へと石油類を運ぶ際に活躍している.4年前の大震災でも道路網が寸断された際にタンク車の貨物列車が活躍したことは有名.
さて,上の写真のタンク車はお腹がテップリとしたタイプで約43トン積みであり,自動車のタンクローリー換算,概ね1台半といったところ.
いっぽう,北米で見たこのタンク車は,一見小柄に見えるが総重量約100トン,積み荷は約85トンで,上のタンク車の倍詰めたようである.(油用では無く,酸性の液体用?)